November 13, 2024

トヨタ 中国の怪物

中国人はどんな境遇になってもね、生きようとするんだよ。

「トヨタ 中国の怪物」児玉博著(文藝春秋)

トヨタの中国事務所総代表だった服部悦雄氏へのロングインタビューをもとに、日本を代表する企業の中国ビジネスの歴史と、世襲経営の内実を描く。話題になっているときいて、電子書籍で。
著者は経済誌のフリーライターで、堤清二、西田厚聰ら異能の企業人を描き、大宅壮一ノンフィクション賞も受けたフリーライター。そんな著者だからこそ引き出せたのだろう。温泉施設の居酒屋で焼酎の水割りを傾けながら語る服部氏の、暗い熱情が全編を覆って息苦しい。
熱情とは、否応なく人生をかけた存在に対する愛憎だ。誰よりもビジネスにたけ、組織につくした。強烈な自負と、報われなかったという砂を噛む思い。規格外の企業人にありがちな結末と、言ってしまえばそれまでだけれど、対象が中国、トヨタという、いずれも現在の日本にとってあまりに大きな存在だけに、興味は尽きない。

服部氏は昭和初期に満州に渡った農林官僚の息子で、毛沢東の大躍進、文化大革命に遭遇。原生林での強制労働など饑餓、極寒、差別と圧倒的な孤独から這い上がり、東北林学院への進学をへて27歳で帰国する。トヨタに入社してからは中興の祖・豊田英二と上司の奥田碩の目にとまり、中国ビジネスを任されてがむしゃらに出世していく。
まず現在の中国を形づくった近代史、権力の暴走と、生き残ろうとする庶民のパワーが凄まじい。日本にとっては常に魅力的な隣の巨大市場なわけで、国交正常化後は政官産あげて製鉄などのプロジェクトを推進するが、どうしてどうして一筋縄ではいかないこともよくわかる。

トヨタはどうだったか。実は豊田佐吉は「障子を開けてみよ、外は広いぞ」と語って上海に進出、その紡織の稼ぎが自動車製造につながったというルーツをもつ。英二も熱心で、周恩来、田中角栄の国交正常化セレモニーを、トヨタ本社で中国側の訪日団とともに見守るシーンは印象的だ。この一行の通訳と世話役を務めたのが服部。
しかし長く部品を供給するだけで、生産の許可がなかなか下りない。ライバルに引き離され、合弁相手の巨額不良債権など、常識が通じない不透明さに苦しむ。そんな泥沼からの脱出を命じられたのが、御曹司・章男だ。服部はその章男に頭を下げられて奮闘。経歴と語学、なにより底辺で身に染みた中国人気質への理解を総動員して党幹部に食い込み、類い希な交渉力で買収による反転攻勢という離れ業をやってのける… まさに産業史の一断面だ。

平行して語られるのが、このあたりのトヨタ奥の院。服部の目を通した一面的なものとはいえ、時価総額40兆円企業の内実としては驚きだ。特に奥田碩の人物像が強烈。ギャンブル好きで、並外れた闘争心をもつ。章男に中国立て直しを命じたのは、失敗すれば創業家を経営から外せるという策略だったという。
もくろみは外れ、服部は豊田章男を社長にした男と呼ばれるに至る。ところがやがて、カネをめぐる疑惑などで挫折していく。異能ゆえに独善的、傲慢と目されたのは、容易に想像できる感じ。このあたりの確執は、企業ドキュメンタリーの定番と言えるかも。(2024.11)

October 25, 2024

われ巣鴨に出頭せず

「今夜できる限りのことをお父さんから聞いて、書き残しておきなさい」
「そんなことできるでしょうか」

「われ巣鴨に出頭せず」工藤美代子著(日本経済新聞社)

長く荻窪に住んで、子供のころ「近衛さんの坂」と呼んでいた道があった。近衛文麿の邸宅「荻外荘」の跡だ。1940年に東条英機らと開戦の方針を協議した荻窪会談の舞台となり、のちにGHQの逮捕命令が出て出頭期限となる日の朝には、近衛がその一間で自ら命を絶った。享年54歳。その近衛の生涯を、吉田茂の評伝などで知られるノンフィクション作家が追ったのが本作。
2006年の出版で、冒頭「かつての広壮な屋敷はマンションや駐車場に分断され」と記しているが、2024年末に杉並区による移築復元が成り、公開されると知って、そもそも近衛さんとは?と思い、本書を手にとった。

いわずとしれた近衛は1937年から41年にかけて3次にわたり首相を務めた人物で、1937年の「全国民に次ぐ」宣言で日本の全体主義化を決定づけ、大本営や大政翼賛会、国家総動員法を設置。戦争責任の重さにはさまざまな見解がある。本書はいきなり自殺の日の描写から始っていて、その結末を知ってからの細かい字で430ページは、どうにも息苦しい。

若き日はクラクラするようなエリートなのだ。学習院進学が一般的だった華族ながら、東大や京大で哲学、経済学を学び、生まれながらにリーダーとして期待を負う。25歳で貴族院議員。1934年に渡米した折には、なんとルーズベルト大統領、ハル国務長官と会談しており、首相並みの扱いだ。
なにせ家系図のはじまりは藤原鎌足。五摂家の筆頭で、最も天皇に近い。昭和天皇に会うとき、だれもが畏まるのに、近衛は部屋に入ってくるなり天皇の前の椅子にかけて、足を組んじゃうものだから、お付きがハラハラしたとか。そんな幼なじみのような2人の関係が、側近・木戸幸一の存在や軍部内の確執によって、どんどん隔てられていくのが悲しい。

同時に昭和天皇も元老・西園寺公望も、近衛におおいに期待しつつ、その言動を危ぶんでもいるところが、複雑だ。学生時代は社会主義思想に傾倒し、議員としては改革派。一次大戦後の1919年、パリ講和会議に西園寺の随員として参加し、英米本位の国際秩序に強烈な反感をもつ。軍部では二・二六事件を引き起こした皇道派に近かった。スパイ・ゾルゲと親しく、ソ連への機密漏洩も疑われた。
日中戦争から太平洋戦争へと突き進む一方で、和平の努力をしていたのは事実。ただ優柔不断、無責任と評され、1940年の三国同盟交渉では天皇がいつになく深刻な表情で、「近衛はああかき回しておいて、じき逃げ出すのではないか」と語ったとも。

自ら冷たいところがあるという性格で、外見は身長180㎝、スポーツマンだが病弱。孤高の存在だったのか…
最終的に敗戦後、一度はマッカーサーや天皇から憲法改正案の策定を委嘱され、熱心に取り組みながら、結局、戦犯と目された。全編のハイライトはロンドンのナショナル・アーカイブで発掘した、前後の米政府・戦略爆撃調査団による尋問録だろう。通訳の牛場友彦だけが同行、駆逐艦「アンコン」での長時間の尋問を読み解いた著者は、近衛への追及に対して同情的にみえる。ただ、読んでいて思うのは近衛個人の罪というより、こうなるまえに誰かがどこかで止められなかったのか、という圧倒的な虚しさだ。

歴史の場面場面で運命が交差する著名人が、多々登場。近衛と気脈を通じて、終戦工作にあたる吉田茂の存在感が印象的だ。(2024.10)

September 24, 2023

悪童日記

ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない。

「悪童日記」アゴタ・クリストフ著(ハヤカワepi文庫)

270ページほどの文庫本に、度しがたい戦争の不条理、人間の醜さが詰まっている。壮絶な貧困、むき出しの欲望、孤絶と死。目を背けたいけど、背けてはならないものが、徹底して乾いた文章で綴られて鮮烈だ。随分前から気になっていた小説。このタイミングで読んで、余計に重い。

形式は、双子の少年がこっそり書いていた作文だ。戦時下、二人は〈大きな町〉を逃れ、〈小さな町〉の外れに住む祖母の家に預けられる。祖母は愛情のかけらもなく、文盲で不潔で吝嗇。環境は想像を超える劣悪さだ。双子はお互いだけを頼りに盗みも暴力も、手段を選ばずサバイブし、それをありのまま淡々と綴っていく。狡猾で、全く可愛げはない。

仏文学者・堀茂樹の訳注によると、二次大戦時のハンガリー・クーセグが念頭にあるという。オーストリア国境に位置し、ナチスドイツ支配下。男たちは戦線へ動員され、ユダヤ人が収容所へ引き立てられていく。終盤で〈解放者たち〉がやってくるが、それはソ連軍であり、支配が全体主義から全体主義へと移行するだけ。

著者は少女時代にクーセグで暮らし、1956年のハンガリー動乱で活動家の夫、乳飲み子とスイスへ亡命したという。個人的には、かつて観光でブダペストを訪れたとき、動乱で処刑されたナジ首相の像に衝撃を受けたことを思い出す。多くの観光客が訪れる国会議事堂近くに立ち、気のせいか哀しげに議事堂のほうを見つめていて、なんと足下には戦車の轍。この像が2019年に移設されたというニュースに接したとき、また暗い気持ちになった。
そして今。国境を接するウクライナへのロシア侵攻で、ハンガリー現政権はEUやNATOの加盟国でありながら、制裁に反対するなど親ロシアの立場をとる。オスマン帝国やハプスブルク帝国の支配も受けてきた中欧の、一筋縄でいかない歴史の重みと、進行中の現在。たまたま居合わせた個人の人生が、なんと過酷なことか。

そう考えていくと、この小説で双子が学問や宗教はおろか、親の愛さえきっぱりと否定する幕切れには圧倒されるけれど、どこか爽快でもある。生ぬるい同情や善悪をはるかに超えて、凜と立つ一個の生命。続編があるというけれど、この唐突なラストが、いい。
1986年、著者による初の小説で、翻訳は1991年刊行。今だからこそ、多くの人に読んでほしいと思う。(2023.9)

September 13, 2023

ヴェルディ

ヴェルディの見事な人生は、「建国神話」にふさわしいものだったのだろう。政治的意図がなかったとしても、彼は時代に必要とされた存在だったのではないだろうか。

「ヴェルディ オペラ変革者の素顔と作品」加藤浩子著(平凡社新書)

素敵な音楽物書き、加藤浩子が愛してやまない巨匠ヴェルディの評伝から楽曲解説まで、全てをぎゅっと詰め込んだ一冊。

当然ながら内外の文献、楽譜をじっくり読み込んでいるので、通り一遍ではない。例えば、有名なオペラ「ナブッコ」の〈行け、わが想いよ〉をめぐる「神話」について。1842年、ミラノのスカラ座で初演された時、オーストリア占領下にあった聴衆が熱狂し、アンコールを要求したという。そして今も第二の国歌と呼ばれるほど愛され、ヴェルディはイタリア統一の象徴になっている。
でも、実は初演でアンコールされたのは、別の曲だった。著名な音楽家であると同時に立派な事業家であり、晩年は慈善家でもあった彼だからこそ神話になりえたのだと、読み解いていく。

圧巻はやっぱり後半のオペラ全26作の解説。粗筋から聴きどころ、創作の背景までを網羅していて、絶好のガイドになっている。巻末には音楽用語の解説も。こうして眺めてみると、意外になかなか上演されない作品もけっこうある。2013年初版なので、お勧め歌手の章は残念ながら古くなりつつあるけれど、その情報の更新も含めて、まだまだ知らないヴェルディがあるなあと、楽しみが増える読書体験だ。(2023.9)

May 06, 2023

官邸官僚が本音で語る権力の使い方

経済再生担当大臣だった甘利明さんは、内閣官房の幹部が何人かで出向いたときに、「俺は役人を使いまくる」と言いました。「おまえらを徹底的に使うぞ」と言われて、役人はその言葉に奮い立ったんです。

「官邸官僚が本音で語る権力の使い方」兼原信克、佐々木豊成、蘇我豪、髙見澤將林著(新潮選書)

お馴染み兼原氏の座談会シリーズをさらっと。今回は「官邸一強」と言われた第二次安倍政権で、内閣官房副長官補を務めた財務省、外務省、防衛省の3人と、朝日新聞の政治記者が、官僚が強い総理にどう仕え、どう政策目的を達成するか、を語りあう。2023年3月発刊だけど、座談会を開いたのは2022年7月6日、元総理襲撃の2日前とのこと。
素材は安倍政権に限らず、実際に語り手たちが関わったり、先輩から見聞したりした意思決定のシーンで、危機管理、予算編成、通商交渉など多岐にわたる。官僚は職位の高低ではなく、最高権力者=総理との「距離」がパワーであり、パワーの衝突が仕事を滞らせたりする、といった解説がリアルだ。政治家たちの人物評のほか、あるべき体制についても安全保障局との規模とか、内閣官房と内閣府の切り分けとか、具体的に論じる。
まあ、後半はいつも通り、兼原氏、髙見澤氏が安保を語りまくるわけだけど。なかでもインテリジェンスに力が入っているのが印象的。(2023.5)

January 31, 2023

16人16曲でわかるオペラの歴史

イタリアオペラの武器が「歌」で、ドイツオペラの武器が「オーケストラ」なら、フランスオペラのそれは「バレエ(フランス語では「バレ」)」と「演劇」なのである。

「16人16曲でわかる オペラの歴史」加藤浩子著(平凡社新書)

オペラはエンタメとして、とびきりゴージャスだと思う。ピットにひしめくオーケストラ、マイク無しで大劇場を圧する歌手、キラキラから不条理まで演劇としてのセットや衣装… この希有な芸術が17世紀イタリアの宮廷から現代まで、いかに進化し、生き残ってきたか、わかりやすく案内する一冊だ。
時系列に16人+1人の作曲家、それぞれ1作にスポットをあてる。聴き手の変化、すなわち貴族からベネチアなどの富裕な商人、近代の権力者、一般大衆へという移り変わりが、オペラを変えてきたことがくっきり。作曲家それぞれの横顔も、生き生きと描かれていて楽しい。恋多きプッチーニは、だからこそ、あれだけのヒットドラマを書けたのかも。
秀逸なのは、オペラ情報サイトの上演統計を手がかりに、いま現在どう聴かれているかを紹介しているところ。よく上演される作品には、曲の魅力はもちろんのこと、上演にかかる時間とか、ソロ歌手が何人必要かとか、興行として成立させるための必然性もある。そう知ってみるとかえって、定番の人気演目に加えて、なかなか上演されない演目にも興味がわいてくる。新国立劇場でベッリーニあたりをもっと上演してほしい、なんて。楽しくて奥深い世界です。
朝日カルチャーセンターのオンライン講座をもとに書籍化。(2023.1)

November 15, 2022

国難に立ち向かう新国防論

核戦争の可能性を考慮したとき、軍事介入をしないというアメリカの姿を世界が初めて見たということです。

「国難に立ち向かう新国防論」河野克俊、兼原信克著(ビジネス社)

お馴染みの安全保障の論客による対談集。一連の新潮新書での主張と重複も多いが、実際に政策論議が動いているだけに、2人の影響力が感じられる。本編とは別に、2人がそれぞれ海上自衛隊と外務省の課長として遭遇した2001年の米国同時多発テロを振り返っていて、主張が形作られる背景や論客たちの人間関係も垣間見える。(2022.11)

June 26, 2022

自衛隊最高幹部が語る台湾有事

東シナ海のような半閉鎖海で紛争が起きれば、必ず沿岸国を巻き込むのである。

「自衛隊最高幹部が語る台湾有事」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮新書)

シリーズ3冊目は武居・元海上幕僚長がホストとなり、前半でシナリオ別シミュレーションを収録。研究者や議員らが参加して、2021年8月に実施したというが、2022年になって起きたウクライナ侵攻によって、残念ながら、より懸念を呼ぶタイムリーなテーマとなったしまった。
後半はお馴染み、武居のほか岩田・元陸上幕僚長、尾上・元航空自衛隊補給本部長、兼原・元国家安全保障局次長による座談会だ。台湾との連絡経路やサイバー防衛、邦人移送の難しさなど、ずいぶんネタばらしに思えるけれど、その分野ではいずれも常識の範囲なのだろう。
いたずらに危機をあおらず、冷静で前向きな対話の姿勢が重要なのは、いうまでもない。そのうえで、米軍のミサイル持ち込みなど、微妙なところを一部の専門家任せでなく、広く議論しておける土壌が求められる気がする。(2022.6)

 

April 17, 2022

核兵器について、本音で話そう

戦後、核兵器を巡る議論は欧州を中心に展開した。英仏の核武装、ドイツを始めとしたアメリカの同盟国の安全保障、アジアでの米国の同盟網創設、NPT(核兵器不拡散条約)体制の発足など、戦後の主要な外交、安全保障問題にはほとんど核問題が絡んでいた。
 日本は、半世紀近く続いた冷戦の期間中、陸上国境で強大なソ連軍と接していた欧州ほどの軍事的緊張感をついぞ抱かなかった。

「核兵器について、本音で話そう」太田昌克、兼原信克、高見澤將林、番匠幸一郎著(新潮新書)

「令和の国防」に続き、外務官僚で元国家安全保障局次長の兼原信克氏がホストを務める座談会だ。2021年9月の収録だが、刊行が2022年2月となり、ロシアがウクライナの原発を一時占拠する事態が発生。タイムリーな論考となった。
国家安全保障局次長を経てジュネーブ軍縮会議日本政府代表部大使を務める元防衛官僚、元陸将、そして長年核問題をカバーしてきた元共同通信論説委員という顔ぶれ。台湾、北朝鮮やロシアの現状、サイバー・宇宙防衛との関係などを論点に、歴史的な経緯やドイツとの比較、近年のアジアにおける急激な情勢変化を確認していく。
「核シェアリング」とNPT(核兵器不拡散条約)との関係等、議論は必ずしも収束しない。だからこそ、幅広いリテラシーの深化が必要だと、強く思わせる1冊だ。(2022.5)

 

December 19, 2021

「グレート・ギャツビー」を追え

きつい一日があったようなときには、僕はときどきこっそりここに降りてくる。そして鍵をかけて閉じこもり、本を引っ張り出すんだ。そして想像してみる。一九五一年にJ・D・サリンジャーであるというのは、どういうことだったんだろうってね。

「『グレート・ギャツビー』を追え」ジョン・グリシャム著(中央公論新社)

法廷もののヒットメーカーが意外にも、稀覯本取引をめぐるサスペンスを執筆、なんと村上春樹が翻訳。400ページをするする読めて楽しい。ハルキマジックもあると思うけど、後書きで訳者自身が「いったん読みだしたら止まらなくなった」と書いているから、掛け値無しなんだろう。

いきなりオープニングの疾走感、プリンストン大学から大胆不敵にも、フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪されるくだりで引き込まれる。お約束、終盤の盛り上がりも期待通りで、コレクターと警察の息詰まる攻防は、スピーディーでスリル満点、かつ国境をまたいでスケールが大きい。そのままトム・クルーズに映画化してもらいたい。
もうひとつの大きな魅力は、美しいフロリダ・カミノ島で書店を営むブルース・ケーブルの人物造形だ。リッチで知的で圧倒的人たらし、本と小説家コミュニティーと女性たち(!)をこよなく愛する。こっちはブラピのイメージか。なにせ巧いです。

メーンの題材は稀覯本取引の、知られざる世界。大好きな出久根達郎さん著書に「作家の値段」というものがあって、文学的価値はもちろん重要だけれど、古書という資産としての価値も、十分ドラマチックなんだよなあ。出版ビジネスの事情も興味深い。著者による書店サイン会ツアーの悲喜こもごもとか。
ブルースが主人公の続編も出ているという。期待。(2021年12月)

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