June 13, 2021

令和の国防

アメリカは、一体、インド太平洋地域のどこまでを軍事力を使って守るだろうかというリアリティチェックが必要です。米国の国力は無限ではありません。

「自衛隊最高幹部が語る 令和の国防」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮選書)

外交官で、2014年新設の国家安全保障局で次長も務めた兼原信克氏が舞台回しを務めた、陸海空の元自衛隊幹部による座談会。2020年6月収録なので、バイデン米大統領の誕生前だし、コロナ禍もまだ半ばではあるが、台湾有事をめぐる危機感など、その後の議論を先取りする部分も多い。

まず歴史と国際情勢を学び、現実を直視して、冷静に分析すべし。そして責任ある立場の者が、責任ある場で逃げずに議論すべし、という論調には、多くの示唆がある。一方で、具体的な人員とか予算とかに話題が及ぶと、自らの組織第一の意識が見え隠れしてきて、胸がざわざわするのは否めない。こういう組織の論理が結局、国家の道を誤らせることになるのでは、と。

巻末には具体的な提言も。まずはこの意味を広く議論できるリテラシーの普及が必要、あまり時間は残されていないのでは、と思えてならない。(2021.6)

February 06, 2021

定価のない本

「要するに、日本人が、日本文化を嫌いになったのだ」

「定価のない本」門井慶喜著(東京創元社)

「家康、江戸を建てる」がよかった直木賞作家の秀作ミステリ。文化をめぐる占領軍との攻防、古書店主たちの心意気が熱い。電子書籍で。
終戦直後の混乱期、神保町で若い古書商が、大量の本に埋もれて亡くなる。果たして事故なのか? 兄貴分の琴岡玄武堂主人・庄治は真相を探り始め…という導入では、苦手の「密室」「本格」かと思いきや、当時の古書マーケット事情を読み解くあたりから、物語がぐんぐん深まっていく。

玄武堂は明治維新前の「古典籍」専門。腕に覚えのある庄治はあえて、専門知識も資金もいる難しいジャンルを選んで成功した。独立した商売人としてのプライドが爽やか。しかし敗戦という未曾有のショックが、完膚なきまでに市場を破壊してしまい、さらにはGHQまでが暗躍して、苦境に陥る。
庄治は無事生きのびるのか、そして日本人は自らの歴史を取り戻せるのか? 古典はただそこにあるのではなく、誰かが意志と知識をもって残すもの、というメッセージが胸に残る。

この小説の主役は、たぶん神保町という町そのもの。研究者やコレクターはもちろん、浄瑠璃の太夫が床本を探しに来たりもする世界有数の古書店集積地だ。昭和21年の白木屋、戦後最初の即売会での「神保町健在なり!」の熱気が目に浮かぶよう。竹柏園文庫だの木簡だの、散りばめられた古書の薀蓄が興味深く、出久根達郎ファンとしてもニヤニヤしちゃう。皮肉っぽい徳富蘇峰、ヘラヘラした「津島修治」が登場するのも楽しい。(2021・2)

January 11, 2021

「井上ひさし」を読む

井上構想によれば、まず劇場の前に飲み屋街を作る。そして、そこで五〇人の未亡人を雇う。(略)芝居を観終わった後は、未亡人たちが経営するその五〇軒の飲み屋さんで必ず飲むようにするーー。今は「未亡人」ではなく、「寡婦」と言いますね。

「『井上ひさし』をよむ 人生を肯定するまなざし」小森陽一、成田龍一編著(集英社新書)

2010年急逝した作家・劇作家の作品と「趣向」を読み解く座談会6編。誰もが井上ひさしが生きていたら、と思った2011年から、「すばる」で断続的に掲載したものだ。
個人的な井上ひさし体験は、そう豊富ではないのだけれど、震災の年に観た「たいこどんどん」や2018年の「夢の裂け目」に、感銘を受けてきた。その背景を知りたくて、手にとった。

日本近代文学、近現代日本史の研究者2人がホストとなり、大江健三郎や西武劇場オーナーとしての辻井喬ら、豪華メンバーが参加。それぞれが思い入れたっぷりに井上ひさしの魅力を語る。これだけの人物たちを引きつけてやまないことが、まず圧倒的だ。
その魅力の中身というと、実に広範囲。歴史をとらえるシビアな姿勢から、愚かな人間への温かい視線、猥雑で目の前の人を喜ばさずにはいられないサービス精神まで、企みに満ちている。情報量が多くて、まあ、一筋縄ではいかないということが、よくわかりました…

井上ひさし初心者として新鮮だったのは、平田オリザを招いた鼎談。新書化にあたって2019年、語りおろしたという。1993年の日本劇作家協会設立時に、新劇でもアングラでもない井上を初代会長に引っ張り出した経緯だとか、井上が生前語っていた劇場の公共性、「広場」の役割に関する構想とか、いわば社会と劇作家の接点に触れている。
遅筆のあまり、舞台現場に大変な苦労をさせたことで知られる井上。それでも晩年、戯曲が上演されて生き続けることに力を入れていた、という逸話も印象的だ。浅草で鍛えられた、一期一会の創造性。巻末には「組曲虐殺」初演時の2009年、作家自ら参加した座談会も収録。井上ひさしの作品世界、まだまだ勉強したいです。(2021.1)

November 19, 2020

歴史の教訓

日本が誤った根本にして最大の原因は、憲法体制の脆弱さ、特に「国務と統帥の断絶」である。

「歴史の教訓 『失敗の本質』と国家戦略」兼原信克著(新潮選書)

安倍政権の中枢で、国家安全保障会議や経済班の創設に関わった元外務官僚が、シビリアン・コントロールの要諦を語る。言葉の力を見抜ける人間こそが、本当の大局を見抜ける、という著者の文章は全編、確信に満ちている。

関心は昭和前期の日本がなぜ、道を誤ったか。強い相手と衝突したら、何を譲ってもでも一歩下がり(押しても駄目なら引いてみる)、国家と国民の生存を確保する以外の判断はありえないのに。世界の思想の流れを踏まえ、開戦への歴史を丹念にたどり、シビリアン・コントロールの自壊、そして自由民主という価値で国際社会を味方につける外交戦略の欠如を、容赦なく断罪していく。

もちろん軍事と外交についてはリアリストだ。外交は常に連立方程式であり、世界を敵味方に分けて長期のバランスを構想すべきというくだりが印象深い。また貿易立国とエネルギー安保のため、イデオロギーを排して軍事力による海運の維持を議論せよとも指摘。日露戦争後の第一次帝国国防方針を紹介して、体系的、合理的な安保戦略の必要性も強調する。

今後の方向性については、アジアに自由主義的な国際秩序を創造することこそ日本の国益とし、「自由で開かれたアジア太平洋構想」をあとづける。「全ての勤勉な国民は、いつか必ず産業化に成功して、国力を飛躍的に増大させる」「勃興するアジア諸国の若人は、自分たちの力に誇りをもって気づきつつある。彼らの民主主義と、よりよい生活への渇望は本物である」という展望は、オーソドックスで力強い。

大きな障害となりそうな中国について、中国人は賢明であり、いつか民主化し得ると分析。現時点ではちょっと信じがたいけれども、これが著者ならではの歴史観だろう。その日まで粘り強く外交を展開すべき、なぜなら「核兵器の登場した今日、米中全面戦争や第三次世界大戦はあり得ない。これは政治思想を巡る競争なのである」という言葉は、後輩への激励なのかもしれない。(2020.11)

September 27, 2020

渋沢栄一 Ⅰ算盤篇 Ⅱ論語篇

上海の繁栄を見て、ただちにそれが貿易における西洋的な合理的会計事務の導入によるものと判断する栄一の頭脳の回路の明確さに驚かずにはいられない。具体的な事象から、それを動かす隠れたメカニズムを探りあてる栄一の帰納法的思考はここでも健在である。

「渋沢栄一 Ⅰ算盤篇 Ⅱ論語篇」鹿島茂著(文藝春秋)

資本主義の父、渋沢栄一の評伝を、軽妙洒脱なエッセイの名手、フランス文学者の鹿島茂が書いている、その違和感にまず興味をひかれて、上下930ページを手にとった。大著だけど、鹿島節なのでスイスイ読める。種明かしは渋沢の思想のルーツがフランスにある、すなわち1867年(慶應3年)、徳川昭武(慶喜の弟)に随行してパリ万博を視察した際の「サン=シモン主義」との出会いにある、ということ。前編はサン=シモン主義をバックボーンとする、フランス第二帝政時代の産業重視政策の解説と、その渋沢との関わりの解明が中心になっている。
確かにナポレオン三世が推し進めた起業家育成と貿易推進、経済成長と労使協調、そのためのインフラ(鉄道)や大衆から資金を集める金融(クレディ・リヨネとソシエテ・ジェネラル)の整備という政策は、経済政策のお手本のようだ。フランスはイギリスより遅れて、意識的に近代的資本主義を促成栽培したので、取り入れやすかったのかもしれない。
ポイントは幕末、欧米の経済社会に触れた日本人はほかにも大勢いたのに、なぜ渋沢ひとりが資本主義へのジャンプを担ったか。しかも慶応元年あたりまでは高崎城乗っ取りを計画するほど、ゴリゴリ武闘派の攘夷論者だったのに。
繰り返し語られるのは、17歳のときのエピソード。代官から御用金を要求されて猛反発した事件だ。背景は身分制への怒りとか「官尊民卑」を否定する正義感、というよりも、横柄な代官が明らかに愚かであり、自分のほうが優秀で合理的だという冷徹な認識だったという解釈が凄い。ここに著者は表面の事象に抱いた素朴な疑問から、本質的、抽象的な仕組み、いわば「体制」をつかみとる、人並み外れた知性をみる。
だからこそ維新後も一貫して、知恵をもって社会を豊かにする実業家は、大臣や官僚と対等であるべき、という強烈な信念をもち、その地位を揺るがさないために、実業にこそ公益、「王道」が必要と説き続けた。戦後の成長を象徴する松下幸之助や、最近のESGブームにも一脈通じる普遍性があって、魅力的だ。
後編になると次々と重要企業の設立に関わる八面六臂の活躍だけでなく、福祉事業や教育、日米親善などに走り回る姿が描かれる。特に日露戦争後、領土的野心に傾いていく日本において、貿易立国による発展を信じ、70歳を超えてから懸命に時代に逆らう姿はややもの悲しい。自らは儲け話に執着しなかった逸話や、朝鮮半島との関係など、著者の贔屓の引き倒しでは、と思えてしまう部分もある。一方で大詰めには鹿島らしく、妻妾同居など、戦前の財界の大立者ならではの家族観などにも言及していて、興味は尽きない。
大河ドラマや新札の肖像など、話題の人物であり、三井の大番頭・三野村利左衛門や維新の英雄たちなど登場人物も華やか。これから触れる他の描かれ方も、楽しめそうです。(2020・9)

June 20, 2020

邂逅の森

確かにこの猟場(クラ)には山の神様がいる。そして、どの頃合いで姿を現してみせようかと、山の神様自身が、何だろうーーそう、楽しんでいる……。

「邂逅の森」熊谷達也著(文春文庫)

大正から昭和初期、秋田県阿仁町の小作農のせがれに生まれたマタギ・松橋富治の半生を描く。というだけの予備知識で、ひたすら獣を追う狩猟小説のイメージでいたら、どうしてどうして。若き富治はあろうことか地主の一人娘に手を出して村を追われ、小沢銅山に身を投じるはめになり、波乱の人生を歩む。
富治をはじめ仲間の面々や、娼妓あがりの女ら、登場する人物はみな貧しさと闘い、むき出しの欲望と闘う。実に人間こそが獣。しかも富治の造形が格好いい。マタギとしても鉱夫としても腕がよく、男気満点、これじゃあ女にも男にもモテるはずです。もちろん、モテるせいで様々な悶着が起きちゃう。
極めて泥臭い人間たちの紆余曲折があるからこそ、終盤、舞台が山に戻ってからの、峻厳な自然との対峙が美しい。矜持と畏敬、そして大切なもののために何としてでも闘い抜くという、壮絶な気力。
背景にある門外不出の呪文を営々と守るマタギの風習やら、富山の薬売り、鉱山労働者の互助組織である友子同盟の仕組みやらも興味津々。明治期、日本が軍事力をつけるに従い、鉱山の産物や軍用の毛皮が高騰するといった歴史も面白くて、一気読みでした。
1958年生まれの作家による、2004年直木賞、山本周五郎賞受賞作。ダブル受賞は初だったとか。直木賞は「空中ブランコ」と同時だったんですね。絶賛の解説は、直木賞選考委員を務めた田辺聖子。(2020.6)

 

December 10, 2019

開高健短篇選

つまり、そもそも開口にとって内面とは、うかつに触れたり探求したりすることがきわめて困難な恐怖の対象だったのである。

「開高健短篇選」大岡玲編(岩波文庫)

没後30年の作家の「決定版」短篇集。編者の解説が素晴らしい。学生時代に初期の長編「日本三文オペラ」に魅了されたわけに、我ながら初めて気づいた感じ。伝統の私小説を退けた、「乾いて俯瞰的な視点」が格好良かったのだ。
後年、世界各地で釣りを楽しんだり、「週刊プレイボーイ」で連載したりして、行動的で男っぽい印象になったけれど、本書を読み通してみると、ずいぶんイメージが違う。編者は1957年の衝撃的デビュー作「パニック」、芥川賞受賞作「裸の王様」に、作家の「外へ!」との宣言を読み取りつつ、逆説的な心理に踏み込む。つまり、そう宣言しなければ精神がもたないほど、内面に深い闇、「生きることそのものの恐怖」を抱えていたという指摘だ。
アウシュヴィッツ体験を書いた1962年「森と骨と人達」を読むと、その切迫感と諦念ないまぜの雰囲気が伝わってくる。五輪ルポを書いた1964年、サイゴンに身を投じたのも、正義感とか、時代の現場に対する情熱とは違った動機だったのだろう。
戦下の苛烈な体験は、あまりに有名なルポや長編に結実したのだけれど、本書で1965年「兵士の報酬」などをへて、世を去る一年前の1988年「一日」に触れると、むしろ生々しさは影をひそめる。あるのは人間存在のどうしようもない哀しみ、「ひんやりとした鉱物的な淋しさ」。染みるなあ。
文化大革命の狂気を題材にした1978年「玉、砕ける」(川端康成文学賞)も、昨今の香港情勢を思いつつ読むと、さらに苦い。世界を旅した作家の内面に、どんな風が吹いていたのか。
ラストはさりげない都会の人間模様のスケッチ、1990年刊行で遺作となった「掌のなかの海」。この作家が、せめてあと十年生きていたら、どんな作品を世に出していたか、と思わずにはいられない。(2019.12)


 

May 19, 2018

冷血

わたしは父を愛していましたが、父に抱いた愛や思いが廃水のように心から流れだしてしまうことがしばしばありました。

「冷血」トルーマン・カポーティ著(新潮文庫)
1959年カンザスの農場で起きた一家惨殺事件を、5年余りの膨大な取材をもとに描いた、あまりに有名な「ノンフィクション・ノヴェル」を読む。加害者たちはなぜこの不可解な事件を起こすに至ったのか。
加害者の不幸な生い立ちに対するシンパシーと、労作を世に出したいという職業作家の欲。議論を呼んできた、書き手が抱える矛盾というテーマは、今も古びていない。日本でいえば佐野眞一に通じるだろうか。
事件は恨みや金品目当てでは説明できず、不気味で不可解だ。結論を急がず、膨大な情報を積み重ねて迫っていく書き手の情熱は凄まじい。
地域の名士だった被害者一家の温かさ。地域住民の不安と、捜査当局の苦悩。対照的に、あまりにデタラメな加害者の軌跡。事件の不可解さの割に拍子抜けするほど単純とも思える。どこかで引き返すことはできなかったのか。特に逮捕につながる重要証言で、一度は自由の身になった受刑者がまた、罪を犯すという事実がやりきれない。佐々田雅子による2005年の新訳。(2018・6)

April 14, 2018

火山で読み解く古事記の謎

古事記における大きな謎のひとつは、九州南部と出雲の二か所が神話の舞台として繰り返し登場することです。その謎をとく鍵は、九州南部と出雲が日本列島で有数の火山エリアであるというシンプルな事実から見出されるのではないかとおもいます。

「火山で読み解く古事記の謎」蒲池明弘著(文春新書)

古事記の物語は、縄文時代に日本を襲った巨大噴火の恐怖を伝えているのではないか。天皇家の行事には稲作に根付くものが目立つけれど、そもそもは荒ぶる大地をなんとか鎮める役割を担っていたのではないか? 独立系出版社を営む著者が、多数の文献や各地のジオパーク取材などを通じ、そんな仮説を検証していく。
古事記と噴火のつながりについては、小説「死都日本」を読んで、強く印象に残っていた。このため個人的にそれほど意外感はなかったものの、本書では寺田寅彦など豊富な文献を紹介し、カルデラ地形の分布や、製鉄の発祥など文明史にも触れていて、情報に厚みがある。
綴られている解釈に、どの程度妥当性があるのか、判断するほどの知識を持ち合わせていないのだけど、著者は新聞記者出身とあって、安易に断定しない筆致に好感がもてる。ちょっと自信なさそうな印象、とも言えるのだけれど。(2018・4)

February 11, 2018

家康、江戸を建てる

これからの世は、土地ではない。貨幣を制するものが、
(天下を制する)

「家康、江戸を建てる」門井慶喜著(祥伝社)

2018年直木賞受賞作家の、2016年に候補作となった秀作。江戸という都市の建設を担ったプロフェッショナルたちを描く。
治水や上水道、江戸城の建設。空白の荒野に人を呼び込み、経済活動をおこしていくプロセスが、スリリングに再現される。現代にも通じる視点が豊富だ。主人公たちは高名な武将のかげにいて、日本史の教科書には出てこない。しかし強烈な誇りと諦めない心をもって、今に残る偉業を成し遂げていく。独特の、ぶつぶつ切れるような文体が心地いい。

特に初代金座当主となった後藤庄三郎光次の1編は、疾走感満載だ。関が原に至る大名たちのリアルな戦さと、経済の主導権を巡る貨幣の戦争とが、見事にシンクロする。
戦国時代の褒賞は土地だったが、天下を統一してしまえばそれは叶わず、貨幣の意味が増す。国を豊かにする経済活動にもまた、良質な貨幣が欠かせない。では誰が貨幣発行の権威と技術を握るのか。

庄三郎は文禄4年(1594年)、今の日本銀行本店がある場所で小判鋳造を開始。やがて天下分け目の勝敗が決した直後、貨幣の勝利を宣言するという歴史的な役割を担うことになる。家康は覇権を手にするため、いったい何をしたのか。卓越した判断を、経済の観点から解き明かす視点が面白い。
栄光の陰で、庄三郎が引き受ける宗家との軋轢がまた、静かに胸に迫る。強烈な自負心と大きな時代の流れによって、宗家を打ちのめす道を選ぶのだけど、胸のうちには葛藤を抱えて生きる。新旧交代という人生のドラマ。巧いなあ。(2018・2)

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