December 15, 2009

「舶来屋」

「まさに夢の世界が広がっていたよ。クラクラしたね。このあたりにガツンと一発食らった感じだった」

「舶来屋」幸田真音著(新潮社) ISBN: 9784104633050

欧州の高級ブランドを日本に紹介した、「サンモトヤマ」創業者・茂登山長市郎氏をモデルに描く一商人の軌跡。

戦時中に天津の町で、あるいは戦後、PXの通販カタログで。主人公が豊かさというものを目にして強烈な憧れを抱くシーンは、まさに日本経済や消費文化の転換を象徴する。そこに、有楽町の闇市から銀座目抜き通りの繁栄に至る首都の変貌、あるいは主人公が巡り会う、きら星のような文化人、スターの横顔が重なり、高度成長の夢をありありと感じさせて興味深い。

偶然知り合った20代の男女が聞き役を務めるという設定は正直、最初はちょっと入り込みにくかった。しかし若い世代が主人公が述懐する高度成長期と比べて、現代の飽和経済の閉塞感を嘆くあたりは共感できる。

主人公は痛快なアイデアマンでありながら、ブランドビジネスの大衆化をとらえていたずらに自社の規模を大きくしようとはしなかったようだ。本物を求める一部の顧客を大切にする。そんな欲のない「あきんど」の身の処し方は、時として歯がゆいくらいだけれど、どんなに時代が閉塞しようとも夢は描けるのではないか、というメッセージが潔い。(2009・12)

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December 07, 2009

「空飛ぶ馬」

解いてもらったのは謎だけではない。私の心の中でも何かが静かにやさしく解けた。

「空飛ぶ馬」北村薫著(創元推理文庫) ISBN: 9784488413019

女子大生の私と、噺家の円紫さんが「日常の謎」を解く連作短編集。

ついに2009年、直木賞を受賞した著者の、1989年のデビュー作。SNS「やっぱり本を読む人々。」選出100冊文庫の1冊を読んでみた。

謎というより、時にはささいに見える行動の裏にある、人間心理を読み解く筋立て。爽やかな筆致で、デビュー作とは思えない完成度だ。今では私たち読者は著者について、ワセミスOBの年季の入ったミステリファンで、このとき高校で教師をしていてと、人物像を知って読むから、巧さにもあまり驚かない。けれど発表当時は覆面作家で、ペンネームや書く内容から「現役女子大生説」もあったそうだから、読者はさぞ感嘆しただろうなあ。

もう一つ、考えてみれば89年はバブル経済絶頂期。それなのに女子大生の主人公ときたら、美人なのに化粧っけもなく、落語と文学をこよなく愛し、飲み会やらにうつつを抜かすこともなく家では家事をよく手伝う女の子だ。なんて理想的。こういう温かい人物造形が、長く愛される秘訣なのかなぁ、と妙に納得しました。ああ、落語を聴きたい…。(2009・12)

「空飛ぶ馬」 読書日記

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November 22, 2009

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

戦争が始まれば、もちろん、こうした陸軍の描いた一見美しいスローガンは絵に描いた餅になるわけですし、農民や労働者の生活がまっさきに苦しくなるのですが、政治や社会を変革してくれる主体として陸軍に期待せざるをえない国民の目線は、確かにあったと思います。

「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」加藤陽子著(朝日出版社) ISBN: 9784255004853

日本近現代史の研究者が5日間にわたり、栄光学園の中高校生を相手に、日清戦争から太平洋戦争に至る過程を講義する。

学生相手の講義録とあって、語り口は柔らかい。けれど、日本の近現代を評価するのだから、当然ながら内容は決して平易ではない。「盗聴 二・二六事件」とか「昭和史 1926−1945」とか「中原の虹」とか、乏しい断片的な記憶を呼びおこしつつ何とか読み進んだ。

言及は立体的だ。まず、地政学的な意味。第一次大戦後の山東半島の位置づけなどを、牧野伊三夫さんのチョーク書き風の地図をまじえて丁寧に解説している。そしてもちろん、経済。満州事変の時点で、対中輸出シェアでイギリス+香港、アメリカ、日本が見事に拮抗してきていたというグラフは、非常に興味深い。さらに政治。日中戦争に至る過程では、政党の選挙スローガンよりも陸軍統制派の計画の方が、農民救済や労組活動に配慮していたという指摘には驚く。

興味深いのは、随所に散りばめられた人物論だろう。国内外を問わず著名な政治家、外交官、軍人、学者らを次々取り上げ、最新の研究成果を引用しながら、その思考、ふるまいをたどっていく。例えば松岡洋右について、ちょっと先入観を覆すような史料も提示されたり。

権力者や頭のいい人たち、なにより普通の国民が、どこでどう選択を誤ったのか。その大きな問いについて、簡単に腑に落ちるわけではない。けれども、わかりやすくて時に心地よい解説に逃げ込まず、ややこしい話をややこしいまま知ろうとし続けること、考え、語り続けることこそが、大事なのかもしれない。例えば選挙制度改革がもたらした意思決定のシフトなど、歴史は確かに在と響き合っている。宿題は終わらないのだ。

それにしても、栄光学園。頭の良い子供たちだなあ。(2009・11)

それを選んでしまわぬために - 書評 - それでも、日本人は「戦争」を選んだ  404 Blog Not Found

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October 25, 2009

「ヘヴン」

奥ゆきのない、あいかわらず平板な風景だった。そしていつもそうするように目のまえの景色を紙芝居の絵のように四角く切りとって、まばたきをするごとに一枚一枚を足もとにめくり捨てていった。

「ヘヴン」川上未映子著(講談社)  ISBN: 9784062157728

1991年、14歳。学校でいじめを受けていた「僕」はある日、同じように理不尽な暴力にさらされている級友、コジマから手紙を受け取った。そして、ひそやかな交流が始まる。

なんとなく食わず嫌いだったのだけど、知人から「必読」と言われて手にとってみた。中盤までは正直、執拗ないじめの描写とか、少年の強い自意識とかが痛々しくて、ちょっと閉口した。けれど、重いテーマの割に敷居が低くて読みやすい。余分な説明が少なく、文章に潔い印象があるせいか。

すべてを受け入れる者・コジマと、傍観者・百瀬という登場人物が、強烈な存在感を示している。それぞれの立場で組み立てた論理を饒舌に語り、被害と加害、あるいは善と悪という大きな存在を象徴するかのようだ。この二人のパワーに比べると、間に立つ主人公の僕はなんだか頼りなく、受け身にみえる。
けれど、彼が目にしている独特の「視界」という冒頭のエピソードが、終盤に至って、とてもドラマチックに説得力を帯びてくる。このあたりの展開には、見事に不意をつかれましたね。非常に映像的でありながら、たぶん文字でしかうまく表現できない。上手だなぁ。

誰でもただ、等しく幸せを望んでいるだけのはずなのに、世界はなぜ歪んでしまうのか。そんな深い問いに向き合った時、人はしょせん頼りなくて、受け身でしかいられないのかもしれない。それでもどうにかして、世界の実態、生きている実感というものを掴みとろうとする。そういう切望の、愛おしいまでのきらめき。著者の真面目さ、誠意が感じられる。(2009・10)

ヘヴン*川上未映子  本の国星

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October 17, 2009

「茗荷谷の猫」

せっかくこの町に来たのだ。一粒でもいい、変化を欲していた。

「茗荷谷の猫」木内昇著(平凡社) ISBN: 9784582834062

江戸末期から終戦後の東京まで、点々と続いていく市井の人々の運命のつながり。

本好きブロガーさんの間で評判だった連作集を読む。順に時代をくだりながら、様々な人生の変転を綴っていく。巣鴨・染井に住み、染井の吉野、すなわちソメイヨシノを世に送り出す植木職人とか、夫と心がすれ違ってしまった女流画家とか…。短編同士は一見無関係なのだけれど、エピソードが控えめに重なり合っていて、そのささやかな連鎖が、人の世の奇跡をしみじみと感じさせて、巧い。

登場人物はそれぞれ、何らかの情熱を内に抱えているようだ。あえて武士の身分を捨てて、名も無き一人の植木職人として生きたい、あるいは、平凡な勤め人の妻でありながら、画家として色彩への衝動を解き放ちたい。

各編に共通して印象的なのは、ストーリーの随所に観光名所といった当時の風俗が織り込まれていて、都市の日常が行間から感じられること。陰の主役はこの「街」ではないか、と思えてくるほどだ。どんな家に住み、どんな娯楽を楽しむか。人はそういう時代、時代の平均的な暮らし向きというものから、どうしたって逃れられない。しかし内に情熱を抱えていると、それがちょっとずつ日常からはみ出してしまって、ささやかなドラマにつながる。

連作の中では「隠れる」が、コミカルで楽しい。父の遺産で隠遁生活を送ろうと目論んだ人嫌いの男が、避ければ避けるほど他人との関わりに巻き込まれていく。本郷の古本屋にある、秘密の小部屋のイメージが秀逸だ。こういうところ、本当にあったら怖いなぁ。(2009・10)

「茗荷谷の猫」木内昇 本を読む女。改訂版
『茗荷谷の猫』 木内昇 Roko’s Favorite Things

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July 04, 2009

「ミレニアム2 火と戯れる女」

多くの人々の考えとは裏腹に、リスベットは真に道徳的な人間だとパルムグレンは確信していた。問題は、彼女なりのモラルが、法律で定められているモラルとは必ずしも一致しないということだ。

「ミレニアム2」スティーグ・ラーソン著(早川書房) ISBN: 9784152090195 ISBN: 9784152090201

人身売買の実態を告発しようとしていた月刊誌「ミレニアム」を悲劇が襲う。やがて明らかになっていく、女性調査員リスベットの驚くべき過去。

大評判ミステリ3部作の第2部上下巻は、期待を上回る面白さ! 第1部はエンタメ要素がてんこ盛りだった。それはそれで面白かったけど、今回はリスベットの危機と、背景にある陰謀に的を絞っていて、スケールの大きいサスペンスとアクションがぐいぐい加速していく。特に、黒幕らしき謎の人物ザラの不気味さが、映画に出てくる「カイザー・ソゼ」を彷彿とさせ効果的。

第1部に増して、誇り高い野獣リスベットの魅力が異彩を放つ。導入部で、第1部の事件のあと、不器用ながら自分の手で人生を再構築しようとするリスベットの姿が丹念に描かれる。ちょっとかったるいかなあ、とも思うんだけど、この描写が終盤になって、とても切なく感動的なシーンにつながるところが、うまい。
ミレニアムの発行責任者、ミカエルは相変わらず頭に来るほど女たらし。これが北欧感覚というものなのかな。とはいえミカエルを含めたリスベットの数少ない理解者たちの、人の心の真実を信じる気持ちが強靱に物語を支えているのは確かだ。小ネタでは、リスベットが愛してやまない数学のエピソードがお洒落。

やっぱり登場人物の名前はあんまり覚えられないし、地名も思わず飛ばし読みしちゃうし、「キルビル」まがいの、かなり荒唐無稽な展開もありますが、もう面白いから許す。リスベットゆかりで、まだ消息のわからない人物がいるから、第3部はそのへんが明らかになるのかな。楽しみー。ヘレンマルメ美穂・山田美明訳。(2009・7)

「ミレニアム2火と戯れる女<上><下>」 マイペース魔女の読書日記

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May 02, 2009

「スーパーの裏側」

 「いつ行っても在庫がいっぱいある店」はもうやめましょう。ぜひ、「売り切れる店」で買い物をしてください。
 「売り切れ御免」
 じつにいい言葉ではありませんか。

「スーパーの裏側」河岸宏和著(東洋経済新報社) ISBN: 9784492222973

ハム・ソーセージや卵の製造、スーパー、コンビニの現場を見てきた著者が明かす、食品流通の裏。

「朝どれ」とあっても「今日の朝どれ」とは限らない、解凍した日、パックし直した日が「製造日」…。ほかにも再加工や使い回しなど、著者が目にしたという、法律には触れない「ごまかし」の事例が数々語られる。
背景にあるのは朝から夜遅くまで、何時に行っても棚に商品がたくさん並んでいることを当たり前と期待するような、消費者の行動だ。しかも、スーパーが食品を安く売るには、調理場などの人件費を抑える必要もある。

便利で安価な加工食品、総菜などに慣れた私たちが、それなしに暮らしていくことはもはや現実的ではない。とはいえ、どういう売り場、どういう食品がより自然なのかに思い至る、感度は失いたくない。書かれていることがどこまで一般的なのかはわからないけれど、あっという間に読めて、なかなか興味深い一冊。(2009・4)

 「スーパーの裏側」ちょっと考えた 本の話がメインのつもり

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March 22, 2009

「星々の生まれるところ」

サイモンは彼女のそばに立った。今この期に及んでも、自分たちはうまく行かないーーさりといって、終わりにもできないデートをしているような感覚があった。

「星々の生まれるところ」マイケル・カニンガム著(集英社) ISBN: 9784087734492

ニューヨークを舞台に、ウォルト・ホイットマンの詩からの引用を縦糸として綴る過去、現代、未来の中編3編。

SNS読書会の3月課題本を読む。読む人によって、とてもいろいろなテーマを見つけることができる小説だと思う。

個人的に3編にはいずれも、背景に社会を覆う不安が感じられた。19世紀半ばの人間性を失いつつある産業社会とか、「9・11」後のテロへの恐怖とか、メルトダウン後の荒廃とか。それぞれ登場する女性や男児が、逃走を試みるけれども、不安に対して個人はどうしようもなく無力だ。その無力さ加減は、やりきれないほどで、1編目は正直、読み進むのに少し難儀した。

しかし緊迫したミステリー風の2編目、SFロードムービー調で、少しコミカルな3編目と、どんどん勢いがついた。きっと人と人は、わかりあえない。人造人間と異星人も同様だ。切なさが、リアリティをもって胸に迫ってくる。
でも、わかりあいたいという思い、希望は決して消えない。星の誕生を見に行くのは、そういう壮大な「繰り返し」を引き受けるということだろうか。3編を通じて登場する小道具や、共通する登場人物の名前といった仕掛けが、何気ないようでいて緻密だ。南條竹則訳。(2009・3)

廻る命の環~『星々の生まれるところ』  真紅のthinkingdays

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December 19, 2008

「高円寺古本酒場ものがたり」

本日休ませていただきます

人生の正念場なので、本日休ませていただきます。

「高円寺古本酒場ものがたり」狩野俊著(晶文社)  ISBN: 9784794967305

東京・高円寺で古書店兼居酒屋を営む著者の、ブログの店長日記2年分と、足跡を振り返った書き下ろし、そして古書店仲間へのインタビュー。

イベントの告知などを含むブログ日記が味わい深い。淡々としているようでいて、季節が漂ってくる。書き下ろし部分の、開業前に連帯保証人代行業を訪ねる話や、一本の電話で泥沼の「引きこもり」状態を脱するエピソードなどは、鮮やかな短編小説のようだ。

人見知りを自認しているけれど、読んでいると素晴らしい出会いがいっぱいで、羨ましい。こだわりが、人をひきつけるのだろうか。かなりの酒量のようだけど、最近はちょっと控えているとか。体を大事にして頂きたいものです。(2008・12)

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November 22, 2008

「格差はつくられた」

経済の問題としても、また実践的な政治課題としても、格差を是正し、再度アメリカを中産階級の国にすることは可能なはずである。そしていまこそが、それを始めるときだといえる。

「格差はつくられた」ポール・クルーグマン著(早川書房) ISBN: 9784152089311

08年ノーベル経済学賞をタイミングよく受賞した、リベラル派論客による一般向け著作。「なぜいまオバマなのか」を単刀直入に語る。

実は著者には、エコノミストであると同時に、マイケル・ムーアみたいな強烈な反ブッシュコラムニストという印象をもっていて、あまりに政治的立場が鮮明なので、ノーベル賞をとったとき、ちょっと驚いてしまった。本作の脱稿は07年夏だが、その後のオバマ当選を後押ししたと思われる「進歩派」の思考を明快に解説していて、興味深い。

以下ネタバレですが、著者は、日本でもいろいろ議論があった格差の拡大について、米国においては技術革新やグローバル化が原因なのではなく、「保守派ムーブメント」の意図的な政策が招いたものだ、と断じる。こうした政策は本来、一部の業界や富裕層を利するだけの反民主的なものなのに、人々の人種差別意識を利用した巧妙な戦略によって支持を得てきたと分析。ところが、その支持は有権者の世代交代などによって崩壊しつつあり、いまこそリベラルの強力なリーダーシップのもと、国民皆保険などの格差是正に踏み出すべき、と主張する。

米国ではオバマ当選に前後して、金融危機が勃発し高額報酬を得てきたウォール街の権威が失墜。さらに、雇用と社会保障の一角を担っているビッグスリーの経営が行き詰まる事態を迎え、ますます時代はリベラル&進歩派に傾いているように感じる。

凄く頑張った人が報われる、のではなく、普通に頑張る人が安心できる社会。しかし、その「正当さ」と「成長」との関係は、今ひとつ鮮明でないように思う。状況の違いはあれど、小泉改革の修正という、よく似た国内の政治的潮流は、いったいどこへ向かうのだろうか。考える刺激になる一冊。三上義一訳。(2008・11)

書評:クルーグマンのThe Conscience of a Liberal  On Off and BeyondConscienceは良心ではない - 書評 - 格差はつくられた  404 Blog Not Found

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