August 31, 2026

大相撲打ち明け話

ぼくは自分の顔をかばったんです.貴ノ花の頭をかばったわけじゃないんですよ。あれ、顔でいくと、ズルーッとすりむいて、もう、治るまで一カ月ぐらい銀座に行けなくなっちゃうんですよ(笑)。

「大放談!大相撲打ち明け話」北の富士勝昭、嵐山光三郎著(親講社)

粋で軽妙なテレビ解説で大人気だった第52代横綱・北の富士と、名エッセイで知られる嵐山光三郎の相撲談義。2016年の出版で、ちょうど2025年に引退した遠藤が注目を浴び、スー女が話題になったころ。おふたりの口調も弾んでいる。残念ながら北の富士は2024年、嵐山光三郎は2025年に亡くなっており、仲よさそうなやりとりが、ひときわ感慨深い。
話の中身はテレビ以上に言いたい放題。1972年1月場所、「かばい手」か「つき手」かで歴史的物言いになった取り組みについても、銀座が出てきちゃうあたり、北の富士さんらしくてニマニマしちゃう。相撲界のしきたりから往年の名力士、迷力士のエピソード、現役への期待と叱咤まで縦横無尽。対談場所は神楽坂の居酒屋とビアバーというから、お酒が入っているんだろう。こういう楽しい相撲談義をもっと聞きたかった。(2026.8)

May 17, 2026

イン・ザ・メガチャーチ

 不思議だ。
 何だか、少し眩しい。
 本質的であることから遠く離れた場所で盛大に咲き誇るその連帯が、今の俺には光って見える。

「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ著(日経BP・日本経済新聞出版)

2026年本屋大賞受賞で話題の長編を読んでみた。推し活界隈を題材に、正解のない時代を生きる人々が、懸命に「コミュニティー」「ストーリー」を追い求める心理、危うさを描く。それは普遍的で、しんと淋しく、だからこそ切実だ。

一読して印象的なのは、440ページを引っ張る巧さだ。導入こそ、交代で登場する人物3人の語りがまどろっこしかったものの、視点が徐々に重なっていくとスリリングに。レコード会社勤務で40代の慶彦は経理部署で腐っていたけれど、ボーイズグループのデビューにあたり仕掛け人に抜擢されて張り切る。その娘で留学を目指す大学生・澄香は意識高い系の友人たちについていけず、推し活にのめり込む。30代契約社員の隅川絢子は熱心に推していた2.5次元俳優の死で喪失感にとらわれ、怪しい陰謀論に傾斜していく…

推し活のリアルを描く情報量が、また豊富。サバ番、タグイベ、スパチャ、グッズコンプ、脳みそを溶かす、自他の境界を溶かす、視野狭窄… 米国の大規模教会が献金を引き出す手法が、最新のSNSと結びついたマーケティングは、ちかごろは選挙でも話題のものだ。スターシステム自体は歌舞伎の昔からお馴染みだけれど、なんて巧妙で、進化していることか。
音楽業界の裏とか学生同士の人間関係と合わせ、あまたの情報をかみ砕いて、小説として成立させる腕がなかなか。説明調になりがちなシーンでは、とうとうと語る人物の長広舌と、その場にいて違うことを考えている人物の脳内が交錯する、映像的な手法を駆使し、決して飽きさせない。才人だなあ。

3人それぞれが抱える寄る辺なさ、孤独や劣等感や経済的困窮も丁寧に描いていて、そのあたりはなんとも息苦しい。もともとの新聞連載で1年3カ月にわたって読んでいたら、けっこうヘビーだったのでは。誰にでも共感できるくだりがありそうで、そこが人気の秘密なのかも。
たとえ愚かにみえたとしても、はまるにははまるだけの、個人の思いがある。依存、閉塞、歪みと名付けるのは易しいけれど、高みにいる正しさではなく、はまる自分、はまる充実感を肯定した先に、何かが見えてくるのなら…

著者は1989年生まれで、2013年に平成世代初で直木賞を受賞。よく勉強し、よく考えている作家だなあ。本屋大賞受賞スピーチで「自分が絶対に書かない作品、書けない作品の隣に並べてくれているから、自分の偏りを大事にできる」と言ったとか。往年の村上龍を思わせる賢さ。ちなみに自身はハロプロファンらしい。ネット情報だけど。(2026.5)

April 07, 2026

乱歩と千畝

「あんた謎と共に生きとる。江戸川乱歩が尊敬される作家としてここにいれる。謎の中の謎や」
「金田一耕助はこの謎を解いてはくれないか」
「明智小五郎に頼まんかい」

「乱歩と千畝」青柳碧人著(新潮社)

探偵小説の巨匠と「命のビザ」で知られる外交官。全く接点がなさそうな二人が、もし学生時代に出会っていたとしたら。そんなアクロバティックな設定で、明治末期から昭和に至る日本の群像を、生き生きと描く大河小説だ。
江戸川乱歩と杉原千畝が、実は旧制の愛知五中(瑞陵高)、早大の先輩後輩という一点から、壮大なフィクションを紡いでしまう構想力が凄い。史実もふんだんに散りばめられていて、日本外交では広田弘毅や松岡洋右といった大物が登場。激動の国際情勢に翻弄され、苦闘し、やがて敗戦へと転がり落ちていく。一方のエンタメ小説界では横溝正史やら松本清張やら、誰しも一度は読んだ面々がひたすら面白い物語を求めて切磋琢磨する。

なんといっても江戸川乱歩の人物像が魅力的だ。転職14回、転居46回というダメ人間で、めちゃめちゃマイナス思考。売れっ子作家になっても何かと言えば自己嫌悪に陥り、失踪、休筆して迷惑をかけまくる。それでもエログロから少年向けまで、書けば売れる才能を周りが放っておかない。今でもケラさんの芝居とかに、オマージュを感じる存在だものなあ。
そもそも乱歩自身が探偵小説オタク。社交性ゼロなんだけど、多くの海外作品を紹介し、山田風太郎ら若い作家を引き立ててて、日本にミステリーというジャンルを築いた功績に驚く。戦後初の探偵小説誌「宝石」に横溝正史「本陣殺人事件」の批評を寄せて、美しく見事なトリックに感嘆したからこそ、あえて厳しく不満をぶつける。これが大勢の次世代の作家たちを奮い立たせるくだりが痛快だ。

一方の千畝は対照的に、優秀で努力家で誠実。数少ないロシアスクールで、ハルビン領事館、満州国外交部やヘルシンキの公使館に赴任する。情報収集が仕事だから現地に溶け込むものの、いざとなれば国益優先で内面は複雑。読んでいて息苦しい。今も昔も外交官が背負う宿命だろう。
葛藤の頂点はリトアニアのカナウス領事代理として、押し寄せるユダヤ難民のため腱鞘炎になりながら発給した大量のビザだ。政府の方針に反していたから戦後は外交官を続けられず、公式な名誉回復は実に没後の2000年だった。外交のプロが戦時下に、国益も民族・宗教も関係なく、ただ目の前の困っている人を救うという行為がいかに深刻な逸脱だったか。のちのち国際的に評価されても言葉少なく、「当たり前のことをしただけです」と繰り返したという逸話が重い。

乱歩と千畝の軌跡は作中、ときに交差するけれど、濃密な友情物語とはいえない。決してヒーローではなく、不完全な二人が遠くにあって、互いにふと思い出す。特に終盤、そのあたりが物足りないという評もあるみたいだけど、感動を盛り上げ過ぎない描き方に好感がもてる。(2026.4
)

October 26, 2025

川崎家の系譜

この芸術精神が小虎の生き様をとおして、長男の鈴彦、次男の春彦、そして孫の麻児はもとより、娘婿の魁夷にまで継承されたことこそ類い希なる日本画の名門たる証といえる。

「川崎家の系譜」石田久美子編著(東京美術)

市川市東山魁夷記念館の学芸員である著者が、リベラコレクションを中心とした2021年特別展の図録を兼ねて出版。東山魁夷や川崎麻児さんの作品に触れてはいたけれど、改めて一家の画壇での存在感、そして、それぞれの画風の幅広さがわかって興味深い。

始まりは天保年間生まれの川崎千虎だ。有職故実に通じた大和絵系歴史絵の大家であり、明治に入って岡倉天心とともに東京美術学校(東京芸大)や日本美術院で研究と後進の指導にあたる。その孫、小虎は大正から昭和にかけて帝国美術学校(武蔵野美大)で教えながら創作。メルヘンチックな「春の訪れ」、コミカルな「ひよこ」や「猿」から「雪静か」の静謐まで、清々しさが漂う。
その長男、鈴彦のライフワークである奥の細道の写生は、緑が香ってくるような誠実さ。一方の次男の春彦はうってかわって、「春曙」「夜明けの潮」などダイナミックで、鮮やかな色彩に目を奪われる。1959年に杉並で生まれた春彦の長女、麻児になると「訪問者」「足音」など非常にモダン、静謐、幻想的で、独自の感性が際立つと同時に、小品に描いた動物や置物には小虎の愛らしさも彷彿をさせる。

魁夷の足跡をたどる解説によると、復員後に四ヶ月ほど、川崎家の疎開先である山梨に身を寄せ、小虎、鈴彦、春彦とともに写生の日々を過ごしたという。のちに日本を代表する画家にまでなるとは知らない頃、世相もまた混沌としていた。不安と創造の衝動を共有した一家の時間を、想像せずにはいられない。(2025.10)

October 19, 2025

可視化される差別

集団的接触のメタ分析が繰り返し行われているが、接触の量と質はどちらも一般的にいって人々の態度を好意的にすることがわかっている

「可視化される差別」五十嵐彰著(新泉社)

気鋭の社会学者が膨大な内外の研究成果から、移民・エスニックマイノリティなどへの差別をめぐる論点を語り尽くす。参考文献は細かい字でなんと60ページ! しかし詳細な議論はほぼ2ページごとにつけた注に譲り、本編370ページは縦書きの平易な語り口に徹して、読者を遠ざけない。増加する外国人への対応が政策テーマに浮上した現在、注目されるべき意欲作だ。

差別を「特定の人種や国籍の人を不利に扱う行為」と定義し、「差別はそれを経験した人に害をもたらすから悪いのだ」と態度は明快。そのうえで採用や賃貸での差別の存在を、あくまで淡々と、丁寧に測定していく。手法はさまざま。統計、アンケートに加え、役者を使った実験の紹介が興味深い。バス停でムスリムが買い物袋からオレンジを落としたら、並んでいるドイツ人は拾ってあげるかどうか。オレンジを落とす前に携帯で会話して、外見はムスリムでもドイツ人が共感できる価値観を主張していたらどうか。
そして数字に基づいて、差別が所得や健康に与える影響や、差別を生む原因を解き明かしていく。集団的接触が差別を緩和することは、直感的によく言われるけれど、終盤で研究成果として示されると、なんだか希望がわく。日本人Aさんの友人Bさんに、中国人Cさんの友人がいると、Aさんが中国人全体に対して好意的になる、つまりは友だちの友だちはみな友だち。リアルでなくても登場人物が外国人に対して好意的に振る舞うエンタメに接するだけでも、一定の効果がある… もちろん、集団的接触は万能ではない。全編を通して、学術的に分からない点は分かっていないと、端的に記していて好感がもてる。

差別研究は2000年代に入って進展した、新しい分野。紹介する研究をジャンル分けすると、社会学だけでなく政治学、心理学、経済学と多岐にわたるし、昨今話題のSNSの分析も発展途上だ。ときに学問の限界を認めつつ、世の中を少しでも良くしていく方向へ社会科学がいかに貢献するか、期待を抱かせる。(2025.10)

March 03, 2025

それでもテレビは死なない

僕たちテレビディレクターは、「予算」と常に闘っている。多少の赤字が許された、テレビ業界の華やかなりし日々はすでに去った。理想=「伝えたい現実(映像)」と現実=「予算」の狭間で日々、苦しみ。葛藤している。

「それでもテレビは死なない」奥村健太著(技術評論社)

副題は「映像制作の現場で生きる!」。制作会社で長く、報道・ドキュメンタリーに携わるディレクターが実感をこめて、テレビが抱える課題を綴る。

2013年出版とあって、2011年の震災報道が問題意識の発端となる。しかし著者が指摘する、テレビに限らないマスメディアの様々な自制と、それゆえ招いてしまっている根深い不信感というものは、現在も悪化こそすれ、古びていない。
PTSDを招いてはならないと、悲惨すぎる被害を伝えず、原発事故についても科学的に不確かなことは言えないから、慎重に報道する。それぞれ、もっともな選択なのだが、ネットという別ルートの情報源を得た視聴者から、マスメディアは真実を伝えていない、と突き放されてしまう。日々、取材先と対峙し、少しでも意味ある情報を届けようとするディレクターの苦悩は深い。

ほかにも制作費の限界、似たようなお手軽企画の氾濫、ドキュメンタリーとフィクションの狭間など、課題が盛りだくさん。それでも決して愚痴っぽくないのが魅力だ。語り口が軽妙だし、なにより、著者は映像の現場が好きでたまらず、同じような後輩を育てたい、と強く願っている。
海外取材の経験が豊富で、章の合間には「ロケで死にかける」なんてコラムも。いわくアンデス山脈の断崖から滑り落ちたり、中国とチベット自治区の省境で人民解放軍に囲まれたり。こんな目に遭っても辞められない仕事、そうそうありません。

信頼できない番組を目にしても「テレビ全体が信用できない!」と切り捨てずに指摘してほしい、そうして送り手同士が切磋琢磨し、送り手と受け手がキャッチボールして、価値あるものを作っていきたい。著者のメッセージは切実だ。(2025.3)

February 02, 2025

ザリガニの鳴くところ

ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこには悪意はなく、あるのはただ拍動する命だけなのだ。たとえ一部の者は犠牲になるとしても。生物学では、善と悪は基本的に同じであり、見る角度によって替わるものだと捉えられている。

「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ著(早川書房)

2018年発表、2021年本屋大賞の翻訳小説第1位となったベストセラーを読む。舞台は南部ノースカロライナの、手つかずの自然が残る湿地。物語は1969年のチェイス・アンドルーズ殺人事件と、容疑者となった湿地の少女カイアの過酷な生い立ちとを行き来する。殺人の真相を追うミステリーよりも、動物学者である著者が生き生きと描く、濃密な湿気が漂ってくるような情景と生きとし生けるものの息遣い、そして誇り高いカイアのキャラクターに引き込まれる。


ボートでしかアクセスできない湿地は「イラク水滸伝」さながら、社会からはみ出した者の吹きだまりだ。住民のホワイトトラッシュ(白人の貧乏人)は地域から疎外されており、6歳で父母兄弟にも去られたカイアは、ひとり森の掘立小屋に取り残され、通学せず友だちももたず、貝や魚の燻製を売って生きのびる。数少ない信頼する少年テイトに導かれて読み書きを身につけ、生物学を独学。湿地の生物をつぶさに観察した専門書を出版するまでになるが、ようやく得たと思った恋人チェイスは有力者の息子で、手ひどく捨てられてしまう。
カイアの孤独は想像を絶する。長じて兄ジョディと再会し、連絡先を書いた紙片を受け取って、息が止まるほどの衝撃を受けるシーンがなんと切ないことか。自分にも居場所がわかる家族がいる、電話をかける番号があることを、奇跡としか思えないのだ。

それでも、カイアは決して安穏な暮らしを選ばない。まつろわぬテイトは、人間の都合にははまらない湿地の自然そのものを、静かに、強烈に象徴する。自然界、ザリガニが鳴くような人里離れたところでは、雌ギツネは緊急時には子どもを捨てて生き延びることを選ぶ。たとえそれが人間が作った倫理、常識には背くとしても。夜明けの砂浜でケイトがカモメたちの渦に巻かれるシーンの、息をのむ美しさが胸に残る。
これがオーエンズ69歳のデビュー小説という。びっくり。友廣純訳。(2025.2)

December 22, 2024

戦争と経済

この委員会は、ドイツからの賠償金を受領し連合国の各中央銀行に支払うための国際金融機関の設立も提案する。これが1929年6月に設立された国際決済銀行(BIS)である。

「戦争と経済」小野圭司著(日本経済新聞出版)

防衛省防衛研究所特別研究官が価値観をまじえず、あくまで経済活動としての戦争をドライに語った1冊。個々の戦史ではなく、財政、金融、通商など経済学の分野ごとに、古今東西を俯瞰していく。オタクだけれど平易な記述が、小さい活字で250ページにぎっしり。現在進行形の事象でもあると思うと正直、暗澹とするけれど、国際情勢をみるうえで誰もが年頭におくべき視座だとも思う。

例えば日露戦争のくだりで、単純化するとロシアが清国に貸した資金が日清戦争の賠償金として日本に渡り、対露戦準備の軍備増強に充てられ、英独などへの武器輸入代金として支払われたという。ちなみにこの資金移動の多くは、イングランド銀行などシティの帳簿処理だったとか。
十字軍の護衛として発足した宗教的存在のテンプル騎士団が、軍事はもちろん徴税請負や開運、銀行まで手がけるようになるプロセスなども興味深い。(2024.12)

May 19, 2024

ふりさけみれば

ここに、人間の歴史と人々が生きた足跡が記録されているのだから、府庫こそが天下そのものだと言っても過言ではない。そうした場にいることは、書物をつぶさに記憶する能力を持っている仲麻呂にえも言われぬ充実感を与えた。

「ふりさけみれば」安部龍太郎著(日本経済新聞出版)

「等伯」などの歴史小説家が描く、奈良時代の遣唐使、阿倍仲麻呂と吉備真備の波乱の人生。上下巻900ページだけど、権謀術数とお色気、ラストはまさかのアクションになだれ込んで飽きさせない。

百人一首の望郷の詩「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」ーー。作者の仲麻呂は新興国・日本からの留学生にもかかわらず、大秀才で人柄も清廉、玄宗皇帝側近の秘書監にまで登りつめる。帰国の途で亡くなったと思い込んだ詩仙・李白が「名月帰らず碧海に沈み 白雲愁色蒼梧に満つ」と悲しんだほど。実際は、海難にはあったが唐に戻り、そのまま異国の地で没したのだった。小説では、仲麻呂が長く唐にとどまって好きでもない出世に邁進した理由を、ある密命のためとし、息詰まるスパイサスペンスに仕立てている。
一方、盟友・真備は対照的に俗っぽくて、べらんめえ調が魅力的。帰国して、天然痘の流行で壊滅的な打撃を受けた国家を立て直すべく、権勢を振るう藤原家との激しい政争(天智天皇系と天武天皇系の争い)に身を投じる。軸に据えたのは天皇と仏教で、指導者・鑑真を招聘しようと再び命がけの入唐を決意し…

ふたりが人生を賭けて求めるのは、国家の正統性だ。それにはこの時代、柵封国の道を選び、強大な先進国・唐という権威に認められることが必須だった。権威の神髄が厳重に管理された史書「魏略」、すなわち文字の記録であるところが面白い。朝廷のごくごく一部の権力者しか目にすることが許されない最高機密だ。
文字といえば2019年に判明した、在唐時の真備の真筆とされる墓誌のエピソードもわくわくする。洛陽で発見された遺物で、末尾の「日本国朝臣備書」は日本人の直筆による「日本国」の文字として最古だという。巻末資料の写真をみると、なんとも几帳面で威厳が漂う字体。当時のエリートの教養と努力、そして日中の長く深い関わりを思わずにいられない。国際情勢が揺れ動く今、そんな感慨を抱けるのも、文字の記録があってこそ。

東郷隆の小説「肥満」が強烈だった安禄山ら、有名人が続々登場。スケールの大きさも楽しい。その中で仲麻呂の二人目の妻、玉鈴のクールな造形が魅力的だ。辛い目に遭ってきて、楊貴妃の姉として厚遇されるようになっても周囲に心を許さず、護身術に打ち込む。玄宗お気に入りの仲麻呂も単なる政略結婚と突き放していたが、胸に秘めた使命感を敏感に察していて、土壇場で気持ちが通じ合う。
有名でも無名でも、歴史の大河に否応なく呑み込まれ、もみくちゃになっていく人々。歴史の大きな謎がすっきりするわけではないんだけど、それぞれの、なけなしの誇りが清々しい。(2024/5)

August 14, 2023

塞王の楯

「戦の最中で『扇の勾配』かよ。化物か」
 玲次は唖然とし、さらに段蔵は信じられぬといったように溜息を漏らす。
「しかも鉄砲狭間付き……そのようなことが本当に出来るのでしょうか」

「塞王の楯」今村翔吾著(集英社)

戦国時代を生きた近江の石垣職人集団・穴太衆。その最高峰に立つ若き「塞王」飛田匡介の活躍を描く。前半は匡介の不幸な少年時代や石積みの解説などで、まったりしていると思ったけれど、後半、大津城の闘いに突入すると、ぐっと引き込まれた。鉄砲鍛冶集団・国友衆のライバル、三落と対峙し、まさに矛と盾が誇りをかけて職人技を尽くす。

1600(慶長5)年9月、琵琶湖に面した舟運の地に立つ大津城。城主・京極高次は浅井三姉妹のひとり、初を正室としている。初の姉は秀吉の側室・茶々(淀)、妹は徳川秀忠の正室・江。愚鈍なのに閨閥で出世した「蛍大名」と侮られながら、どっこい大津の生き残りのため、城に籠もって西軍(三成軍)を迎え撃つ決断をする。
家臣にも慕われている高次に従った匡介は、石積櫓の爆破や格子状の石垣など、知恵と技を次々に繰り出して西軍を苦しめる。一方、攻め方の名将・立花宗茂に仕える三落も、雨をものともしないバネ式銃や大砲という新技術を投入。あまりに激しい攻防に、京の町人が弁当持参で繰り出して、三井寺観音堂から見物していたとか。

鉄壁の守りか、最終兵器か。ライバルふたりがともに相手の戦意を削り、結果として平和を目指すという筋は今の時代、ちょっと空しく感じられる。それでも開城して高野山へ送られた高次が、西軍1万5000を足止めしたことで関ヶ原での勝利に貢献し、家康に高く評価されたと知ると、なんだか爽やかだ。(2023/8)

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