September 15, 2018

ラッシュライフ

想像をしてみろ。馬鹿な失業者はもちろんのこと、自分ではうまくやっていると勘違いしている泥棒や宗教家、とにかく、今、この瞬間に生きている誰よりも私は豊かに生きている

「ラッシュライフ」伊坂幸太郎著(新潮文庫)
積読の山から2002年出版、人気作家の第2作目を発掘。仙台を舞台に、裕福な画商やリストラにあった中年、空き巣狙い、新興宗教の信者ら5つの人物と、関わる人々の運命を描く群像劇だ。
登場人物はそれぞれに、人生の重大な転機に直面している。繰り返し登場するエッシャー「上昇と下降」が、そんな観る者の状況によって明るくも暗くも見えてくるのが、まさに騙し絵のよう。タイトルの「豊かな人生」の意味あいもいろいろだ。終盤にかけ、思わぬところで5つのストーリーが次々に交錯し、かつ時間軸の微妙なずれが種明かしされていくあたりは、超絶技巧ぶりに読んでいてクラクラする。
身勝手だったり絶望にかられていたり、共感できる人物は少なかったけれど、腕のいい泥棒の黒澤だけは魅力的。腕はいいけど欲は無く、人を食った物言いが小気味いい。作家の複数の小説に登場しているリンクだそうで、こういう仕掛けもファンにはたまらないんだろうなあ。(2018.9)

August 26, 2018

サウスバウンド

家族のいる心強さに、二郎は胸が熱くなった。もう一杯御飯を食べたくなった。ひもじい思いさえしなくていいのなら、家族がいる限り、どこだって住めば都だ。

「サウスバウンド」奥田英朗著(角川書店)
積読発掘の続きで、手練の2005年作を読む。爽やかな成長と家族の物語。読めば必ず沖縄に行きたくなる。
主人公は小6男子の二郎。育ち盛りでお腹が減って仕方がない。自称作家の父・一郎は家でぶらぶらし、税金も社会保険料も払わない変わり者。実はかつて、名のしれた左翼の活動家だった。二郎は父に振り回され、散々な目にあいながらも、その自由・独立を求め、軋轢を恐れない強烈な個性を理解し、肯定していく。
子供が語り手の小説って、時に可愛い過ぎてちょっと苦手なんだけど、二郎のキャラはさほど無理なくヒネていて、さすがリーダビリティが高い。何より登場人物一人ひとりが、なんともチャーミングだ。
前半の「KADOKAWAミステリ」連載に加筆修正した東京編は、地元に近い中野が舞台。二郎は不良中学生カツに目をつけられ、苦境に陥る。ともに戦う親友たち、そしてカツのパシリの黒木との間に芽生える友情が泣かせる。沖縄の風を運んでくる居候、アキラおじさんの運命も切ない。
後半は一転、単行本書き下ろしの沖縄編だ。アキラおじさんが起こした事件をきっかけに、一家は故郷・西表島の、なんと水道も電気もない廃村に移り住む。しかし恐るべしユイマール。頼まなくても周りがどんどん、物資や食料を譲ってくれる。とことん親切で、とことん傍若無人な住民たちの言動には、ニヤニヤせずにいられない。
そんな平和な南の島でも、一郎は相変わらずトラブルメーカーで、本土のリゾート企業に激しく反発する。母・さくらのきっぷの良さ、そしてクライマックスを盛り上げる激しい雨の演出が素晴らしい。幕切れで種明かしのように、一郎のルーツとされる15世紀末の豪族・アカハチの言い伝えが語られるのも重厚だ。2007年に映画化。(2018・8)

August 14, 2018

蒲公英草紙 常野物語

今はどこに何があるか分かっているのに、そのことがますます我々を不安にさせ、心配事を増やしている

「蒲公英草紙 常野物語」恩田陸著(集英社)
積読の山から発掘した、2005年刊行の「常野」シリーズ3作の2作目。…という基礎知識無しに読み始めたけど、一気に引き込まれた。
舞台は明治期の東北、阿武隈川沿いの農村。語り手の女性、峰子が回想する、故郷の四季がまず美しい。心優しい少女時代の峰子は、病弱なお嬢さま、聡子の話し相手として、地域のリーダーである地主の屋敷に通うようになる。聡明な聡子との娘らしい友情、きらめく感性や、屋敷に出入りする個性的な人々との温かい交流が、心地よく胸に染みる。慈愛に満ちた地主の夫妻、やんちゃでチャーミングな次男、洒落者の洋画家、苦悩する若き仏師。彼らがかわす会話がまた知的で味わい深い。
内容はファンタジーで、ある年、「常野(とこの)」と呼ばれる流浪の一家が地主邸に滞在し、謎の超常能力を発揮する。しかし常野は主役というより、人々の意識を動かす触媒のような存在となっている。時は日露戦争前夜。平穏な地方の村にも、世界の一流国を目指す日本の熱気と、そんな世相に対する獏とした不安が迫り来る。
終盤、村を襲う大水のスペクタクルは、手に汗握ると同時に、今も繰り返す自然災害の猛威を思わせて切ない。悲劇は時代の奔流と重なっていき、登場人物たちが運命を引き受け、すべき役割を果たすという覚悟につながっていく。250ページと、決して分厚い本ではないけれど、描かれるイメージは重層的だ。
なんといっても見事なのはラスト2ページで、回想している峰子の現在が明らかになり、深い余韻を残す。今、若い世代が読むべき一冊なのかもしれない。(2018・8)

July 15, 2018

ゼロからわかる!図解落語入門

落語のネタには、泥棒の噺とケチの噺がよく出てくる。なぜかといえば、泥棒とケチの噺だけは一切苦情が来ないからだ。
「ゼロからわかる!図解落語入門」稲田和浩著(世界文化社)
今更ながら、超初心者向けの落語ガイドを読んでみた。寄席のチケットの買い方、マクラとは、古典とは、など、ごく入り口から始まって、噺に出てくる長屋の配置、噺家が名乗る代表的な亭号の解説まで、本当に親切で行き届いている。
中には日本文化の歴史に関わる薀蓄も。例えば、明治政府が国会を開設した折、速記者が圓朝の噺を速記して練習したことから、落語や講談の速記本ブームが起こり、これが二葉亭四迷ら言文一致に影響したそうです。一貫して、お説教臭くない語り口で読みやすい。著者は1960年生まれの大衆芸能脚本家。
巻末のデータも充実していて、定期的な落語会や噺家一覧は手がかかっている。柔らかいタッチのイラストは小野寺美恵。(2018・7)

April 29, 2018

小澤征爾さんと、音楽について話をする

僕くらいの歳になってもね、やはり変わるんです。それもね、実際の経験を通して変わっていきます。それがひょっとしたら、指揮者という職業のひとつの特徴かもしれないね。つまり現場で変化を遂げていく。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾、村上春樹著(新潮社)

2011年に話題になり、2012年小林秀雄賞を受けたロングインタビューを、ようやく読む。尊敬しあう才能同士の触れ合うさまが、まず読んでいてとても心地よい。

村上春樹が尋常でないクラシック好きぶりを発揮して、次々にディスクをかけながら、指揮者によって、また時期などによって、どう演奏が変わるのか、楽譜を読んで演奏を組み立てるとはどういうことなのか、を尋ねる。小澤征爾が誠実に、ときにお茶目に答えていく。
私はオペラに時々足を運ぶものの、残念ながらクラシックに全く詳しくない。動画サイトで演者や曲目を聴きながらの読書だったけど、気取りない対話のリズムを十分に楽しめた。

話の脇道で小澤征爾の記憶が呼び覚まされ、巨匠の横顔や若き日の触れ合いを披露する。カラヤン、バーンスタイン、グールド…。そしてちょいちょい混じる恋愛沙汰。偉大なアーティストたちのきらびやかな個性と、音楽に向かう真摯な情熱が、飾らない言葉で生き生きと語られて、楽しい。
シカゴでブルーズ漬けになったこと、先輩指揮者のタクトを勝手に持ち出したこと。芸術を愛し、人を愛し、受け取ったものを若者たちに渡していく。あー、コンサートに行きたいなあ! (2018・4)

January 06, 2018

忘れられた巨人

分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?

「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ著(ハヤカワ文庫)

名作「わたしを離さないで」から10年ぶりの長編を、2017年ノーベル文学賞受賞で繰り上げ発売された文庫で。設定は意表をついて、6世紀ごろイングランドを舞台にしたファンタジーだ。鬼や竜や妖精が跋扈する山谷を、ブリトン人の老夫婦が息子を訪ねて旅をし、騎士のクエリグ(雌竜)退治に立ち会うことになる。

もちろん単なる冒険談ではない。テーマは共同体の記憶。登場人物はなぜか記憶を長く保てなくなっており、老夫婦はそのことを訝しく思っている。
舞台はケルト系の土着民族ブリトン人の土地に、大陸からサクソン人が侵入して争った後。ブリトンを率いた伝説のアーサー王も、すでに亡くなっている。両者は和解し、一見平穏となった社会。しかし都合のいい忘却、それでも消え去らない敵意という闇が横たわっているのだ。

旧東欧あたりを観光すると、暴力など負の遺跡がしっかり残されていて戸惑うことがある。報復の連鎖を断ち切るため、前を向くことは大事。戦後ニッポンは忘却によって、豊かで自由な社会を築いたとも言えるだろう。しかし果たして過去を水に流すことは、本当に可能なのか。霧ですべてを曖昧にするクエリグを倒すことが、果たして幸せなのか?
テーマは民族、国家から夫婦関係まで、普遍的なものだ。世代交代で戦乱の記憶が薄れると、次の戦乱が引き起こされるという説が、どうしても思い出される。作家は2006年のユーゴスラビア解体と泥沼の紛争あたりからずっと、このテーマを意識していたという。長く考え続けるという精神の強靭さにこそ、信頼が宿るのだなあ。

ひとり語りだったりSFだったり、テーマに合わせてぴったりの形式を追求する手法に驚かされる。それにしてもファンタジーというのは意外。慣れてない私にはちょっと読みにくかったけど、ジャンルを超える職人芸ですねえ。失われた記憶のモヤモヤが読み手を引っ張る。
そして形式が変わっても、恐れを知らない若者と、いろんなものを抱えている老人の対比、そして取り返しのつかない人生を遠くみやる、苦い静謐は常に共通している。老妻が渡る島は、彼岸なのか。切ないなあ。(2018・1)

November 30, 2017

How Google Works

何千年も前にピラミッドを構想し、建設したエジプト王は、非常に有能な経営者だった。インターネットの世紀は、未建設のピラミッドであふれている。さあ、とりかかろうじゃないか。

「How Google Works 私達の働き方とマネジメント」(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル、ラリー・ペイジ著)日経ビジネス人文庫

元グーグルCEOのシュミットと、共同創業者ペイジのアドバイザー、ローゼンバーグが、巨大プラットフォーム企業が何を優先しているか?を説いた経営書(イーグルは広報担当として協力)。
すなわちあらゆる企業は、プロダクト開発のスピードと、その質を高めることに集中すべきで、そのために必要なのは、なにより優秀な人材(スマート・クリエイティブ)をいかに採用するか、そして人材を獲得したら、いかに自主性を発揮させるか、という主張だ。
幹部の目標を把握していて、顔をみたらどんどん質問するとか、大量のメールへは「OHIO(対処するのは一度だけ)」で臨め、とか、細部がいちいち面白い。かたちを真似することから入る発想も大事かも、と思えてくる。土方奈美訳。(2017・11)

October 20, 2017

夜、僕らは輪になって歩く

彼女の世代の人々は、さしたる理由などなくても、一見して平凡な状況に起こりうるひどい出来事を思いついてしまう。それは彼らが生涯をかけて磨き上げた技術だった。

「夜、僕らは輪になって歩く」ダニエル・アラルコン著(新潮クレスト・ブックス)

1977年リマ生まれで、3歳で渡米した作家が、ペルーらしき国を舞台に、ある旅回りの劇団、特に、一座の演劇青年ネルソンの身に降りかかった事件を描く。

語り手の「僕」が、関係者にインタビューして事件の経緯をたどっていく形式。劇団はアンデス山地の村とか鉱山の町とかを訪ねて、酒場や学校の講堂、時には広場で公演をうっていく。その描写には、ロードノベル独特の浮遊感がある。しかも上演する演目が、その名も「間抜けの大統領」という風刺劇とあって、全編に軽みが漂っていて、どんどん読める。

しかし実は、一筋縄でいかない小説だ。ネルソンをとりまく親子、兄弟、恋人、親友、それぞれの思いがことごとくすれ違っていて、どこにも行きつかない。インタビュイーが真実を語っているとも限らないし、そもそも「僕」の正体が最終盤まで明かされないので、読み手はずうっと宙づり状態なのだ。

勉強不足のまま読みだしちゃったのだけど、背景には、登場人物たちが抱える根深い不条理がある。ペルーの1980、90年代は内戦の時代で、無差別テロや政府の苛烈な弾圧があった。小説の設定である2000年代には政情が安定しているといっても、都市には麻薬組織や、絶望的にずさんな司法制度がはびこり、一方で内陸部の生活環境は過酷で貧しい。米国への移住が若者の唯一の希望なんだけど、夢はかなわない。
俳優よろしく思い込みを演じることでしか、生きのびられないという感覚。個性的な人物を描きながら、淡々と突き放した筆致のなかに、割り切れなさ、宿命というようなものの存在が浮かび上がってくる物語だ。藤井光訳。(2017・10)

October 08, 2017

チェ・ゲバラ

チェは長らく「生」の中の「死」を生きていた。これからは永遠に変わらない三九歳の若い革命家として生き続けることになる。

「チェ・ゲバラ 旅、キューバ革命、ボリビア」(伊高浩昭著)中公新書

2017年キューバシリーズの仕上げに、写真展の解説を書いていた元共同通信特派員のゲバラ伝を読む。伝説の革命家に敬意を払いつつもクールヘッドをもって、苛烈な武力闘争への傾斜や、自らも認めていたというコミュニケーション力の不足など、その実像に迫っていく。

約250ページのうち、若い日の南米放浪やキューバ革命の勝利など、ロマンチックなのは約80ページまで。その後は容赦ない処刑の実行や、ソ連との距離をめぐる同志との確執、そして「ラテンアメリカ革命」の挫折と、息苦しいエピソードが続く。知的なチェが膨大な記録を残したがゆえに、細部のリアルさが切ない。
フィデルによる「別れの手紙」改竄説など、今なお真偽が見極めがたい部分も残る。それも含めて、神話というものなのだろう。

January 08, 2017

あひる

あひるを飼い始めてから子供がうちによく遊びにくるようになった。

「あひる」今村夏子著(書肆侃侃房)

日本翻訳大賞の創設者、西崎憲さんお勧めの1冊を読んでみた。表題作は西崎氏が口説いて、編集する文学ムック「たべるのがおそい」vol.1で発表されたもの。ほかに書き下ろしの「おばあちゃんの家」「森の兄弟」を収録。
メルヘンタッチなんだけど、決して油断はできない。田舎町に住む孤独な老人や貧しい子供の、ごく平凡な日常に潜む歪みをじわじわ描いて、ぞくっとさせる。
庭先で飼い始めたあひる。インキョと呼ばれる、おばあちゃんの変調。何気ないエピソードが、何やら訳ありの家族が抱える欠落を浮かび上がらせる。でも誰もが苦みを腹におさめて、日々を続けていくのだ。
著者は1980年生まれ。太宰治賞、三島由紀夫賞を受けた後、2年ぶりに発表した本作で、芥川賞候補に。書評家・豊崎由美さんによると「書かないテクニックがある」とのこと。確かに読む者のイメージを刺激する力量がありそうだ。ありふれた田んぼに、幻のように舞い降りる「孔雀」の不穏さが印象的。(2017・1)


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