November 25, 2009

「犬の力」

アートは純粋な邪悪さの存在を感じる。
犬の力。

「犬の力」ドン・ウィンズロウ著(角川文庫) ISBN: 9784042823049  ISBN: 9784042823056

1975年から2004年まで、30年にも及ぶ壮絶な「麻薬戦争」のドラマ。上下巻。

南米版ゴッドファーザーというべきか、笑いの要素がないタランティーノというべきか。メキシコの麻薬カルテルをめぐり、カルテル内部、そしてカルテルとDEA(米麻薬取締局)との間で繰り広げられる殺戮の連鎖。乾いた筆致で凄惨なシーンが繰り出され、え~っ、ウィンズロウって「ストリート・キッズ」だよねぇ…と、びっくり。

物語の骨格は太い。抗争の背景として、汚れた資金やゲリラと国家権力との暗い結びつきを描いている。大統領候補暗殺やペソ危機といった実際の事件をふまえて、巨大な悪を絶つには政治の安定と豊かさの実現が必要ではないのか、と切実に思わせる。

もっとも1000ページもの長編を牽引するのは、そういう謀略説などではなく、登場人物たちの非情なふるまい、「犬の力」の衝撃だ。終盤にかけて、それぞれの遺恨がどんどん煮詰まっていくさまは圧巻。だれが生き残るのか、そして、生き残ったからといって何を得るのか。全編に影を落とす、暴力のむなしさ。そんな運命に立ち向かう、マンハッタン育ちの殺し屋ショーン・カランと美貌の娼婦ノーラ・ヘイデンのタフな造形が魅力的だ。東江一紀訳。(2009・11)

 『犬の力』 本だけ読んで暮らせたら 

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October 21, 2009

「道具屋殺人事件」

「えっ、な、何? 一体、何がわかったの」
「まあ、いい。今度の水曜日、俺の噺を聞けば、お前にも全部呑み込めるはずだから」
「水曜日って、墨念寺寄席のことでしょう。あっ……じゃあ、『らくだ』の新しいサゲを思いついたのね」
「ああ、そうだ。ふふふ。こいつは、我ながら、なかなかの思いつきだぞ」

「道具屋殺人事件」愛川晶著(原書房)  ISBN: 9784562040964

噺家二つ目の寿笑亭福の助が、身近で勃発する事件の謎解きに挑む連作集。

とにかく落語をめぐる蘊蓄が満載で、読んでいて楽しい。楽屋を飛び交う符丁やら、古今の名人のエピソードやら。なにしろ車椅子探偵役を務める病気療養中の師匠は、三題噺のかたちで謎解きのヒントを授けるのだ。うーん、お茶目ぶりがチャーミング。

主役夫婦の造形も爽やかだ。古典落語について人一倍研究熱心な福の助。そんな夫を支え、自分も重症落語ファンになりつつある感じの妻、亮子。種明かしのクライマックスは必ず、福の助が精魂こめてつとめる高座のシーンになっている。
演目はあくまで古典だけれども、それを現代に生かすために噺家は知恵を絞り、様々に工夫をこらすんですねぇ。まさに座布団一枚の小宇宙。肝心の謎解きよりも、落語そのものを堪能しちゃう感じです。あ、いや、謎もちゃんと解けるんですけれども。

古典というものが単純な笑いではなく、大衆芸として庶民の暮らしに潜む残酷さとか、悲哀とかを含んでいることも再認識できて興味深い。ああ、寄席に行きたいなあ。(2009・10)

◎◎「道具屋殺人事件」 愛川晶 原書房 1890円 2007/9  「本のことども」by聖月

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September 26, 2009

「わたしたちが孤児だったころ」

門をくぐったとたんにーー明らかにそうだと告げるものは何もなかったのにーー遅すぎたということが、すべてはとっくの昔に終わってしまっていたのだということがわかった。

「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ著(ハヤカワepi文庫) ISBN: 9784151200342

20世紀初頭、上海・租界で暮らしていたころ、クリストファー少年の両親は相次いで行方不明となってしまう。孤児として両親の故郷、イギリスで成人したクリストファーは1937年、両親の探索に乗り出す決心をし、日本軍との戦闘で混乱を極める上海へと戻っていく。

アクロバティックな筋書きなのに、精緻で、決して独りよがりに陥らない。いつもながら、この著者が紡ぎだす虚構の力には驚くしかない。

クリストファーの回想として語られる長いストーリーのなかで、繰り返される印象的なシーンがある。自分の記憶と、知人の記憶とが食い違っていることに気づいて苛立つのだ。誰にでも覚えがあるような、自身が経験したはずのことの、意外な不確かさ。多くの人が指摘していることだけれど、読む者がクリストファーの目を通じて見る世界は、なんだかとても、ぐらぐらしている。

カズオ・イシグロを読むのは「わたしを離さないで」「日の名残り」に続いて3作目。圧倒的に面白かった2作と比べると、正直ちょっと、入り込みづらかった。それは、クリストファーが今やロンドン社交界でもてはやされる名探偵だという設定や、失踪から10数年もたって両親を救出に行くという展開が、やけにファンタスティックなせいかと思っていた。いや、そうではなくて、世界がぐらぐらしているせいじゃないかと思い始めたら、どんどん引き込まれた。

クリストファーは、なんとかして自分の世界を確かなものに戻そうと、精一杯努力している。でも、どうしようもなく遅すぎるのだ。ついに辿り着いたとき、彼が愛用の大仰な天眼鏡を取り出して、見えない何かを見極めようとする姿の、なんと壮絶で、切ないことか。そこからは一気読み。ラストに、深く静かな感動がこみ上げる。

偏屈で付き合いづらそうなクリストファーと、彼を取り巻く二人の女、サラとジェニファーのきっぱりした姿勢との対比も鮮やか。文庫カバーの、バンドらしきモノクロ写真が格好いい。入江真佐子訳。(2009・9)

 わたしたちが孤児だったころ』カズオ・イシグロ すべてはゼロから始めるために
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ著 千の天使がバスケットボールする
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ  読書夜話blog

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September 12, 2009

「サンデーとマガジン」

 講談社が、マガジンの発売をサンデーよりも早めようと印刷所と相談しているというのだ。
「それでは、5月5日から思い切って1か月早めて、4月10日発売にすれば、講談社も追いついて来れないだろう。第1号はもうすぐ完成だし、どこからでもかかって来い、だよ」
 ところが、である。印刷所に出入りするスタッフから驚くべき知らせが届く。
「また、1週間、講談社が印刷の予定を繰り上げました!」

「サンデーとマガジン」大野茂著(光文社新書) ISBN: 9784334035037

1959年、同時創刊した小学館「少年サンデー」と講談社「少年マガジン」。そこから約15年にわたる激闘の歴史。

NHKに所属する著者が、両誌の創刊50年を期して放送したドキュメンタリーを出発点として、高度成長期のニッポンとマンガ週刊誌の黎明を描き出す。
いやー、面白かった! マンガ世界を切り開いたライバル同士の、丁々発止のしのぎ合いが、とにかく熱い。時代はまさに「20世紀少年」が描いた少年期の世界。日本がいまや世界に誇るサブカルチャー、あるいはメディアビジネスの方法論、ひいては昭和の世相をめぐる、貴重な証言が満載だ。「巨人の星」と「オロナミンC」の関係って、こんないきさつだったのか。

しかし著者の語り口は、詰め込まれたエピソードや当事者たちの発言を、歴史的な出来事としてうまく整理しようとは、あえてしていない。例えば、当時はマンガがまだ市民権を得ていなかったゆえにゲリラ性があった、といった分析とか解釈とかは控えめだ。むしろ、いつの時代、どんな舞台であっても、やる奴はやるんじゃないか。そんなメッセージが行間から響いてくる。単に蘊蓄に触れる興味を超え、通読して、なにやら元気が出る一冊。(2009・9)

 『サンデーとマガジン -創刊と死闘の15年』(大野茂)  馬場秀和ブログ

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July 18, 2009

「だから、男と女はすれ違う」

博士の研究でわかったのは、同じ課題を解き、同じ成績を挙げたとしても、女と男はそのときに働かせる脳の場所はまったく違っているということだったのだ。

「だから、男と女はすれ違う」NHKスペシャル取材班(ダイヤモンド社) ISBN: 9784478008041

NHKスペシャル「シリーズ男と女」の書籍化。男女の脳の働きの違いから恋愛の仕組み、生殖医療まで、様々な科学分野の男と女に関わる最新知見を紹介する。

わずか数ページの章の連続で、テンポ良く話題が転換していき、とても読みやすくて面白い。科学本だけれど、実験の手法やら研究が進んでいく過程やらにはページを割いていない。かわりに科学の「ミニ知識」が詰め込まれていて、会食のときちょっとした話題になりそうなネタが満載だ。例えば「女は男を匂いで選ぶ」「離婚のピークは全世界共通で結婚4年目」「遠い将来、Y染色体が消える恐れがある」などなど。

触れている研究領域は多岐にわたるが、共通して印象的なのは、人間は理性で行動しているようでいて、やっぱり原始的な「生き残りの術」に支配されているんだなあ、ということ。なにしろ女性が恋愛対象を選ぶとき、無意識に免疫セットの一致、不一致が影響するんだという。そんなことだとは知らなかった。ほかにも、「女性が読みやすい地図」の話など、興味津々だ。

取材対象は主に米国の大学、研究機関。どんな素朴な疑問についても、探せば誰かしら研究テーマにしている人がいるので、取材班は西へ東へと大陸を飛び回って話を聞いていく。著者たちは北米の研究環境の懐の深さに触れているが、こんな長期取材を可能にするNHKも、相変わらず懐が深い。(2009・7)

 だから、男と女はすれ違う ほやほやパパ&社長の読書日誌

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May 31, 2009

「日の名残り」

執事が、執事としての役割を離れてよい状況はただ一つ、自分が完全に一人でいるときしかありえません。

「日の名残り」カズオ・イシグロ著(ハヤカワepi文庫)  ISBN: 9784151200038

1956年7月。英国オックスフォードシャーの館で執事を務めるスティーブンスは、主人のすすめで短い一人旅に出る。わずか6日間の旅路で胸に去来する、過ぎ去った栄光の日々と、悔恨。

今さらだけど、文句なしの名作。つくりものなのに、何故こんなにもリアルに、主人公の名状しがたい感情を味わうことができるのだろう!

親子二代にわたって、もてる時間のすべてをかたむけ、高潔な執事のあり方を追求してきた主人公。一人称の丁寧な語りがまず、物語全体の読み心地をこのうえなく端正にしている。南西部へのドライブの道すがら、スティーブンスが目にする美しい田園風景が英国の品格を、さらには回想のなかで繰り広げられる、大戦前夜の緊迫した外交の裏舞台が、伝統に支えられた執事というプロの強い矜持を、鮮やかに描き出す。

けれど、読む者は知っている。どんな価値観も時の流れにさらされ、いずれは移り変わっていく。永遠に揺るがないものなんて、きっと何もない。そのことに気づいたとき、人は苦くて残酷な問いに向き合うのだ。生きる意味とは何か。二度と後戻りできない、人生の意味とは何なのか。

世の中のたいがいの人は、一流の才能とか、疑う余地のない歴史的な使命とかとは縁がない。努力して目の前の義務を果たして、無名のまま生きていくだけだ。そのことを引き受けて、たどり着いた港町で静かに眺める夕暮れの、なんと切なく、美しいことか。全編に散りばめられた控えめなユーモアが、決して折れない精神のタフさを感じさせてじつに爽快だ。ブッカー賞受賞。土屋政雄訳。SNS「やっぱり本を読む人々。」100冊文庫の1冊。(2009・5)

『日の名残り』 カズオ・イシグロ  (ハヤカワepi文庫) 《四季さんオススメ》 続活字中毒日記
『日の名残り』 カズオ・イシグロ Roko’s Favorite Things

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March 31, 2009

「四とそれ以上の国」

藍はフンフンいいながら路線図を見あげる。読めない漢字ばかりだがそれがかえって新鮮だ。

「四とそれ以上の国」いしいしんじ著(文藝春秋)  ISBN: 9784163277004

四国を舞台にした、幻想的な連作集。

いしいワールドは、いったい何処までいくのか。「みずうみ」で民話的な世界から一歩踏みだし、現実との接点をもった後、いったい次はどうなるんだろうと思っていたら、四国である。人形浄瑠璃やお遍路やら、四国らしい事物を散りばめつつ、うねるような文体で奇天烈なイメージを連打。町ひとつ塩に埋もれてしまうとか、もう頭がくらくら。もちろん、描かれるのは空想の四国だ。しかし、この「四国」は妙にリアルで、もう「風土」とでも呼びたいような世界だ。

特に、連作最後の「藍」が印象的。出荷前で、人にたとえるなら16、7の乙女である貴重な藍染めの原料が、まさに目には見えない少女の姿となって、ある日すらりと立ち上がり、職人のもとを逃げ出す、という設定のファンタジーだ。この、みずみずしさ。
本好きのブログなどを読んでみると、けっこう難解という声がある。確かに善も悪もなく、教訓もイメージの種明かしも結論らしきものも皆無。いつにも増して、好き嫌いが分かれそう。でも個人的には、存分にくらくらしたのち、不思議なカタルシスがあった。気づかないうちに、身のうちにある「風土」。

連作のなかで繰り返し、見えそうで見えない、読めそうで読めない、聞き取れそうで聞き取れない、というシーンが登場する。生きて暮らしていくことは、なんともどかしいことか。(2009・3)

四とそれ以上の国 いしいしんじ 文藝春秋  おいしい本箱Dairy
四とそれ以上の国/いしいしんじ 記憶の記録

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March 12, 2009

「子どもの貧困」

何割かの子どもが将来に向けて希望をもてず、努力を怠るようなこととなれば、社会全体としての活力が減少する。格差がある中でも、たとえ不利な立場にあったとしても、将来へ希望をもてる、その程度の格差にとどめなくてはならない。

「子どもの貧困」阿部彩著(岩波新書) ISBN: 9784004311577

国立社会保障・人口問題研究所に所属する貧困研究者が、子どもに焦点を絞って日本の実態を分析、あるべき対策を提言する。

所得の中央値の50%という「貧困線」から、日本の子どもの貧困率は15%であり、欧州大陸の諸国などと比べて決して低い水準ではないと前提をおいたうえで、その実態を探っている。データが豊富で、素人にはその一つひとつを吟味することは難しく、正直言って消化不良ぎみになった。
そんななかで、「相対的貧困」の物差しは、なかなか興味深かった。現代の日本では、食べるものが全く無いとか、深刻な病気が蔓延しているといった切羽詰まった状況に陥る人は限られるだろうから、貧困対策の拡充をうんぬんするのは、ある種の「甘え」ではないかーー。そんな意見に対して、著者は指摘する。人は生きていくために社会の一員として他者と交流したり、人生を楽しんだりすることも必須で、それが欠けているかどうかの判断は相対的なものだという見方だ。

給付つき税額控除など、貧困対策の提言にあたる部分には、いろいろ議論があると思う。著者も「自己責任論」は十分、意識している。限られた社会資源を、どう配分したらいいのか。正論は正論、切実さは切実さとしたうえで、子どもの貧困を無くすことは未来へのセーフティネットになるという、いわば税金を使う効果の可視化も、あえて必要かもしれないと感じる。(2009・3)

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March 05, 2009

「出星前夜」

二万七千余の誰もが共通して抱いていたのはただ一つ、人としてふさわしい死を迎えることにあった。

「出星前夜」飯嶋和一著(小学館) ISBN: 9784093862073

家光治世の寛永14年に勃発した「島原の乱」の一部始終を、壮大な構想で描ききる。

読者大賞」候補ということで、キノベス2008一位の歴史長編を読む。540ページもの厚みには、ちょっとひるんだ。戦乱をテーマにしているにもかかわらず、こういうテーマにありがちな超人的なヒーローとか、大向こうを唸らせる劇的展開とかは、ない。特に前半は筆致に抑制がきいており、蜂起に至る島原庶民の実情を丹念に描いていく。そのリアル感は、まるで同時代の社会的事件をルポしているようだ。

無謀で苛酷な年貢取り立てで民は困窮し、幼く弱い者から順に病に倒れて命を落としていく。悪政に耐えられず声を上げれば、困窮ではなくキリシタンの抵抗だと問題をすり替えられ、闇に葬られてしまう。しかし島原には、もって生まれた海の民としての自立心と、キリシタン時代に培った並はずれた知性、誇りがあった。

島原の乱といえば、若きカリスマ天草四郎に率いられた宗教的熱狂。そんな教科書的な先入観が、読み進むうち根底から覆されていく。まっとうな人として生きたい、という、やむにやまれぬ人々の叫びが高まり、後半の蜂起、そして壮絶な原城攻防戦へとなだれ込んでいく。もう、止まりません。

クールな文章だからこそ、為政者たちのどうしようもない愚かさ、討伐軍の無能ぶりが際立つ。そこから伝わってくるのは、著者の強烈な怒りだ。対する蜂起勢の元武将、鬼塚監物の人物像が、なんと魅力的なことか。まさに情熱と冷静を併せ持つ男。なかでも苛酷な籠城戦のあいまに、監物がふと星を見上げて物思うシーンの静謐さが印象的だ。抗うことができない大きな歴史のうねりのなかに、小さな青白い光を放つ、個人の存在。

乱は多くの人生を狂わせ、何だかやりきれない形で終結する。その後、読者はもう一つの「星」の物語を読む。辛い境遇において、あえて生き残ることを選んだ者が放つ、一筋の光明が余韻を残す。

それにしても、4年をかけた書き下ろし、という著者の執念が驚きだ。ちょい役も含めた登場人物の固有名詞や、兵の数、武器の数、陣形それぞれの距離やら攻撃開始の時間やら、具体的な数字がぎっしり詰まっていて、読む方はお腹いっぱい。時に記述の繰り返しが気になるものの、この緻密さは並大抵ではない。大佛次郎賞受賞。(2009・3)

 出星前夜  飯嶋和一  今更なんですがの本の話

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January 15, 2009

「フロスト気質」

マレットはひとつ咳払いをして口を開いた。「その、不幸にして起こってしまった昨晩の事故で、幹部クラスの警察官五名が骨折を負い、治療のため現在も入院を強いられている」
「それじゃ、悪いことばかりでもなかったわけだ」とフロストは言った。
 マレットは、その発言については無視することにした。

「フロスト気質」R・D・ウィングフィールド著(創元推理文庫) ISBN: 9784488291044  ISBN: 9784488291051

ハロウィーンを迎えたイギリスの田舎町、デントン。次々と起きる大小様々な事件にフロスト警部が立ち向かう。

評判のシリーズの最新作(上下巻)を読んでみた。いやー、面白かったです。

まず感じたのは、1日がすごく長いってこと。冒頭、メインと思われる少年行方不明事件が勃発して、休暇中のはずのフロスト警部が運悪く捜査に駆り出されるのだけれど、その後、別の事件が次々に起こって、肝心の少年行方不明事件が動き出すのは、ようやく300ページあたり。
でも、その長さを感じさせないのが、えらい。事件はそう格好良く、整然と起きてはくれない。刑事たちは組織人である以上、大事件に取り組む間にも、小さな事件に遭遇すればそれも放置できない。フロスト自身、忙しすぎて誰が誰だか時々わからなくなる、その感じがリアルだ。

そして、いかにもありそうな職場の人間模様が読ませる。やることなすこと保身だらけの上司、野心まんまんの女性部下、怠惰で愚痴が多くて憎めない同僚、などなど。お仕事ってこうだよなー、警察小説ってこうだったよなー、と思い出す感じです。

下巻に入ってから捜査が行き詰まって、ちょっとストーリーは停滞するんだけれど、こここそがフロストの面目躍如ではないでしょうか。なにしろ、これでもかというほど駄目人間。ひっきりなしにお下劣なギャグや憎まれ口を繰り出して、笑わせてくれるだけではない。根拠薄弱な勘に頼って捜査を指揮し、無茶を重ね、それで成果が上がらないと落ち込んで、やけ酒をかっくらった挙げ句、飲酒運転までしてしまう。それはないでしょ、仮にも刑事なんだから。これがテレビドラマ化されて堂々電波にのってるというのが信じられないくらい、駄目駄目です。でもチャーミングなんだなあ。浅はかな言動も、決して自分のためじゃない。心根が温かくて、周囲が思わず手をさしのべてしまう。「フロスト気質(かたぎ)」っていう邦題も、うまい。

終盤、再び事件が動き出してからは怒濤の展開。フロスト警部は骨身を惜しまず、自ら現場に飛び込んでいく。ねつ造も隠蔽も、もう誰も責めませんよ。拍手。すでに著者が亡くなり、フロストシリーズの長編は本書を除いてたった5作というのが悔しい。芹澤恵訳。(2009・1)

 フロスト気質  それよりもアノ本の話
R・D・ウィングフィールド『フロスト気質 上・下』  浅読み日記

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