« May 2026 | Main | July 2026 »

June 18, 2026

地域と人口減少の経済学

派手な政策は存在したとしても、特定の地域が独自の資源を生かして成功した例が多く、他の地域が簡単に真似できるようなものではない。

「地域と人口減少の経済学」小峰隆夫著(中公新書)

日本を代表するエコノミストである著者が、ライフワークの人口と地域について、定評のある易しい筆致で論じた。分析と主張はいつも通り。人口1億人目標の政策立案は不可能、一極集中是正は間違い、従ってウェルビーイングを維持するスマート・シュリンクを目指すべし。自治体選挙のたび空疎な少子化対策合戦に触れているだけに、深く頷く。

面白いのは、独自のアイデアで成功し、ほかの自治体から多くの見学者が訪れるような地域施策を「劇場型」と名付け、普遍化できないのでは、と疑問を呈していること。高山市、境港市、海士町… なるほど。
これに対して提唱するのは、地道だけれど経済学の道具を取り入れ、どこでも応用可能な「共有型」の地域政策だ。中身はナッジやフューチャー・デザインの応用で正直、新味は薄い。それでも、人口が減ったら経済が縮むとは限らない、という一貫した論理には、読んでいて希望がもてる。
もちろんスマート・シュリンクは、必要性を理解していても当事者にとっては辛いから、実行が難しい政策だ。著者も官僚出身とあって、そこは重々承知。岡山県美咲町の事例を紹介しつつ、とにかく自由な人の移動を妨げないことこそが重要、と強調している。

多くの著書があるけれども、あとがきによると意外にも中公新書は初だとか。学生時代から読んでいるので嬉しい、と率直に記している。チャーミングな人です。(2026.6)

June 03, 2026

僕には鳥の言葉がわかる

”動物はしゃべらない”という二千年以上にわたる史上最大の誤解を解き、井の中の蛙化した人類を救うため、僕は立ち上がったのだった。

「僕には鳥の言葉がわかる」鈴木俊貴著(小学館)

現場をもつ研究者のエッセイは楽しい。「微生物ハンター深海を行く」とか「バッタを倒しにアフリカへ」とか、好きなテーマに打ち込む喜びと、凡人の想像を超える日々の格闘に引き込まれる。
2025年に話題となった本書はひときわ斬新、爽快だ。なにしろ著者は1983年練馬区生まれの東大准教授で、初めて動物が言葉を話すことを突き止め、動物言語学を開拓して様々な賞を受けている。しかも語り口が軽妙このうえなく、全編、研究対象であるシジュウカラへの愛に満ちている。

過程は地道そのものだ。毎年、半年以上もひとり軽井沢の森にこもり、朝から晩まで巣箱を観察する日々。シジュウカラが危険な森で生き残るため、タカをみれば「ヒヒヒ」、ヘビをみれば「ジャージャー」と鳴くのは、当然タカやヘビという「名詞」だと思っていた。ところがある日、大学図書館の専門書で「言語を持つのは人間だけ」との記述をみつけて、がぜん奮起する。
調べてみるとダーウィンも紀元前のアリストテレスも、動物の鳴き声は意味ある言葉ではなく、快・不快など感情の表現に過ぎないと思い込んでいた。このままでは人類は井の中の蛙だ、僕はカエルが好きなので人類が蛙でも問題ないけれど、井の中なのは大問題、井戸にいてよいのはオタマジャクシまで! そこからシンプルな双眼鏡とレコーダー、なにより独自のアイデアを武器に観察、論証を積み重ねていく。
論文は一流学術誌の審査員が「エレガント!!」と絶賛、こんなに誉められたのは初めてで、それからしばらく「エレガント鈴木」と名乗っていたとか。その後も20以上の単語を組み合わせて文を作っている等々、驚きの成果をあげている。

同じ場所に住んでいるなら、ほかの種類の動物の言葉を認め、生きていくのが動物として自然なこと。シジュウカラが「ヒヒヒ」と鳴けば周りのコガラやヤマガラも、リスまでも薮に逃げる。人類の祖先も鳥の言葉を理解していたのに、いつしか自然を支配する特別な存在だと自認して動物たちの言葉を理解できなくなったのでは…という思索は示唆に富む。
研究すること、研究者であることをめぐるエピソードも愉快だ。博士になったころ、周りからおしゃべり好きな点などがシジュウカラに似ていると言われると嬉しく、年々、よりシジュウカラっぽく変化していると自覚。そこから先輩の話になり、コウモリ研究者のスギタさんは暗闇でパソコンに向かうと落ち着くそうで、その「生態」はコウモリそのものだとか、笑っちゃう。

電子書籍の本文中にリンクを埋め込み、「ツツピー」といったさえずりを聴かせる仕掛けが秀逸だ。紙版は二次元コードで、同様に実際の声を聞ける。著者による本文中の可愛いイラスト、図解も達者。装丁は名久井直子、青を基調にした装画は100%ORANGE。河合隼雄学芸賞など受賞。(2026.6)

« May 2026 | Main | July 2026 »