木挽町のあだ討ち
役者が見得を切った俊寛に、ずらっと並んだ大入りの客が目を見開いて口をあんぐり開くだろう。それがまるで花が咲いたみてえなのさ。それを見たくて俺は芝居小屋なんていう悪所に居座っているんだろうねえ。
「木挽町のあだ討ち」永井紗耶子著(新潮文庫)
2023年直木賞・山本周五郎賞ダブル受賞作をようやく。大衆文化が花開いた文化・文政のころ、ある雪の夜。江戸・木挽町の森田座近くで見目麗しい若衆・菊之助が、鮮やかに父のあだ討ちを成し遂げ、芝居もどきと評判をとった。二年後、菊之助の縁者を名乗る総一郎が、目撃した者たちにあだ討ちの経緯を尋ねて回る。
あだ討ちの謎解きよりむしろ、順に証言する芝居小屋の裏方たちが、身の上を語って魅力的だ。なかでも戯作者で、粋な金治。旗本の次男坊で呑気に放蕩していたが、虚無感にとらわれちゃう。かつて親に言われるまま、あてにしていた婿入りを、ある事情から破談にして退路を絶ち、「楼門五三桐」などの作者・並木五瓶に弟子入り。やさぐれた雰囲気だけど、人情に厚く気っ風が良い。
ほかにも吉原生まれで口が達者な木戸芸者やら、浮浪児で小塚原の隠亡に拾われた女形の衣装方やら。芝居小屋の外見はとびきり華やかだけれど、遊郭と並ぶ悪所として蔑まれている。そこは世間からはみ出た者の哀しい吹きだまり。だからこそ力を合わせ、全力で見物客を楽しませるし、客は存分に刹那の夢にひたれる。菊之助を助ける思いに説得力を与える、この「グレイテスト・ショーマン」のような陰影と、なけなしのプライドは、ショービジネスの神髄と言えるかもしれない。
巻末の特別エッセイはショーアップした時代劇で知られる「劇団☆新感線」座付作家の中島かずき。2005年歌舞伎化、2006年に映画化。(2026/5)
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