絢爛のロックショー、クイーン追想録
クイーンがブレイクのきっかけを掴んだ1974年に、時を同じくして人気を呼んでいた少女漫画『ベルサイユのばら』が宝塚歌劇団によって舞台化され、大きな社会現象になった。これは偶然の一致だろうか。
「絢爛のロックショー、クイーン追想録 〜二代目ディレクターの独白〜」松林天平著(シンコーミュージック・エンタテイメント )
世界で最も成功したバンド、クイーン。西荻窪「アナログ天国」でトークショーを聴いた松林天平による追想録を読む。著者は1975年から1982年までワーナー・パイオニアでクイーンを受け持った洋楽ディレクターだ。
まず最もレコードが売れた1970年代、洋楽黄金時代の熱気が楽しい。著者は強烈にクイーン人気を支えた「ロック少女の誕生」を、ヨーロッパ文化への憧れという文脈で読み解いていく。そして天性の「歩くショー・ビズ」、フレディがいかにシャ-リー・バッシーやライザ・ミネリの影響を受けていたか。
音楽的な分析も忘れていない。例えば1979年「クイーン・ライヴ・キラーズ」でいったん頂点を極めたバンドが、大胆にも1980年「ザ・ゲーム」の「地獄へ道連れ」でシンセやディスコサウンドに舵を切り、見事に全米ヒットを記録するうえでのジョン・ディーコンの貢献。来日時にふたりで六本木のディスコを訪れたとき、ジョンがかかっていたボズ・スキャッグス「ロウダウン」のリズムの工夫を指摘するエピソードが印象的だ。
随所に散りばめられた、洋楽ディレクターとしての喜びと苦労は泣ける。ロンドンブーツ姿で受けたアルバイト試験にパスし、あっという間にクイーンを担当。その魅力とケタ違いのパワーに惚れ込む一方で、来日時に広報担当に散々振り回されたり、1978年「ジャズ」のアートワークに疑問を感じたりもする。だからこそ、邦楽プロデューサーに転じてからの1984年、香港のレコード店でスタジアム・ロックの名曲「レディオ・ガ・ガ」を耳にし、すべての音楽ファンの心に刺さるフレーズに「町で偶然旧友に会ったような」感慨を抱くシーンが美しい。「ありがとう、クイーン。わたしはあなたに借りがある。そしてわたしには決して返せそうもない」。音楽っていいなあ。(2026・5)