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April 07, 2026

乱歩と千畝

「あんた謎と共に生きとる。江戸川乱歩が尊敬される作家としてここにいれる。謎の中の謎や」
「金田一耕助はこの謎を解いてはくれないか」
「明智小五郎に頼まんかい」

「乱歩と千畝」青柳碧人著(新潮社)

探偵小説の巨匠と「命のビザ」で知られる外交官。全く接点がなさそうな二人が、もし学生時代に出会っていたとしたら。そんなアクロバティックな設定で、明治末期から昭和に至る日本の群像を、生き生きと描く大河小説だ。
江戸川乱歩と杉原千畝が、実は旧制の愛知五中(瑞陵高)、早大の先輩後輩という一点から、壮大なフィクションを紡いでしまう構想力が凄い。史実もふんだんに散りばめられていて、日本外交では広田弘毅や松岡洋右といった大物が登場。激動の国際情勢に翻弄され、苦闘し、やがて敗戦へと転がり落ちていく。一方のエンタメ小説界では横溝正史やら松本清張やら、誰しも一度は読んだ面々がひたすら面白い物語を求めて切磋琢磨する。

なんといっても江戸川乱歩の人物像が魅力的だ。転職14回、転居46回というダメ人間で、めちゃめちゃマイナス思考。売れっ子作家になっても何かと言えば自己嫌悪に陥り、失踪、休筆して迷惑をかけまくる。それでもエログロから少年向けまで、書けば売れる才能を周りが放っておかない。今でもケラさんの芝居とかに、オマージュを感じる存在だものなあ。
そもそも乱歩自身が探偵小説オタク。社交性ゼロなんだけど、多くの海外作品を紹介し、山田風太郎ら若い作家を引き立ててて、日本にミステリーというジャンルを築いた功績に驚く。戦後初の探偵小説誌「宝石」に横溝正史「本陣殺人事件」の批評を寄せて、美しく見事なトリックに感嘆したからこそ、あえて厳しく不満をぶつける。これが大勢の次世代の作家たちを奮い立たせるくだりが痛快だ。

一方の千畝は対照的に、優秀で努力家で誠実。数少ないロシアスクールで、ハルビン領事館、満州国外交部やヘルシンキの公使館に赴任する。情報収集が仕事だから現地に溶け込むものの、いざとなれば国益優先で内面は複雑。読んでいて息苦しい。今も昔も外交官が背負う宿命だろう。
葛藤の頂点はリトアニアのカナウス領事代理として、押し寄せるユダヤ難民のため腱鞘炎になりながら発給した大量のビザだ。政府の方針に反していたから戦後は外交官を続けられず、公式な名誉回復は実に没後の2000年だった。外交のプロが戦時下に、国益も民族・宗教も関係なく、ただ目の前の困っている人を救うという行為がいかに深刻な逸脱だったか。のちのち国際的に評価されても言葉少なく、「当たり前のことをしただけです」と繰り返したという逸話が重い。

乱歩と千畝の軌跡は作中、ときに交差するけれど、濃密な友情物語とはいえない。決してヒーローではなく、不完全な二人が遠くにあって、互いにふと思い出す。特に終盤、そのあたりが物足りないという評もあるみたいだけど、感動を盛り上げ過ぎない描き方に好感がもてる。(2026.4

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