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April 25, 2026

成瀬は都を駆け抜ける

「絶対に天国からおばあちゃんも見てくれてたわ」
「だといいのだが」
 あかりの受け答えを見て、改めて成長を実感する。もっと前のあかりだったら「死んだらテレビは見られないだろう」と答えたはずだ。

「成瀬は都を駆け抜ける」宮島未奈著(新潮社)

痛快ヒロイン、成瀬あかりシリーズの3作目にして完結編。京大生になっても成瀬は相変わらず。迷いなく淡々と目標に向かって邁進し、周囲を明るく照らして爽快だ。

高校時代から成瀬を慕う西浦が、冬休みの1日、成瀬といてその多忙ぶりに舌を巻く。階段駆け上がり大会やけん玉の練習、配信出演、献血… でもマイペースなだけではない。失恋をひきずる坪井を励まし、ぼきののかのYouTubeチャンネルに出演して失策を挽回させる。そんな成瀬の成長を見守る、似たもの同士の母の感慨が泣かせます。

自身、京大文学部出身の著者が描く学生の日常もお楽しみ。森見登美彦が好き過ぎて、同好の士と鍋を囲む男子たちなど、傑作だ。これで完結は寂しいけれど、成瀬には永遠の少女でいてほしい気もする。連作6編の半分は書き下ろし。(2026.4)

April 12, 2026

ユニクロ

社長室があるという最上階まで階段で上っていくと、目に飛び込んできた光景にあっけに取られた。
 30坪ほどのフロアに置かれた大きな執務机を取り囲むように、壁いっぱいに本が並んでいた。

「ユニクロ」杉本貴司著(日経BP)

すたれゆく石炭の町の商店街、家族経営の紳士服店。ありふれた零細企業と、東京でふらふらしていた跡取り息子が、いかにしてアパレルビジネスを革新し、3兆円規模のグローバル企業へと駆け上がっていったか。
柳井正という希代の経営者の発想とガッツ、500ページ近い関係者への膨大な取材量に圧倒される。とはいえ本書を読み通しても、成功の源がいったい何なのかは、それほどわかりやすくない。柳井はぶっきらぼうで厳しくて内省的。決してカリスマとは思えないし、成長軌道に乗ってからも海外展開、労務問題などでたびたび躓いちゃう。

印象的なのは会計士、安本隆晴が語る初対面シーンだ。1990年、電話で上場指導を依頼され、無名だけどいちおう実在しているらしい、久しぶりに飛行機に乗るかと、軽い気持ちで柳井と面談して圧倒される。世界の企業経営を熱心に研究し、「1997年に日本を代表するファッション企業になる」と断言。安本もそれを絵空事と思わず、真正面から受け止めたのだから慧眼だ。メーン地銀との衝突など、はらはらする局面を乗り越えて上場を果たし、監査役として長く伴走することになる。
柚木治のストーリーも興味深い。伊藤忠商事での油田開発といった華やかな経歴をひっさげて1999年に入社。自信満々に野菜販売を提案して大失敗する。辞表を出すと柳井は激昂するでもなく淡々と、26億円も損してお先に失礼しますはないでしょと、幹部100人の前での説明を求める。まさに針のむしろだが、そこからダメな自分を受け入れて傲慢や絶望を脱し、GU再建を託されていく。失敗した柚木君のほうがいい、10倍返しじゃなく100倍返ししろと。

決してマニュアルとして真似できる経営指南ではないだろう。それでも、いずれかの一節が次世代の心に残るならと、ちょっと明るい気持ちになる1冊だ。お馴染み佐藤可士和のロゴの装丁がお洒落。(2026.4)

April 07, 2026

乱歩と千畝

「あんた謎と共に生きとる。江戸川乱歩が尊敬される作家としてここにいれる。謎の中の謎や」
「金田一耕助はこの謎を解いてはくれないか」
「明智小五郎に頼まんかい」

「乱歩と千畝」青柳碧人著(新潮社)

探偵小説の巨匠と「命のビザ」で知られる外交官。全く接点がなさそうな二人が、もし学生時代に出会っていたとしたら。そんなアクロバティックな設定で、明治末期から昭和に至る日本の群像を、生き生きと描く大河小説だ。
江戸川乱歩と杉原千畝が、実は旧制の愛知五中(瑞陵高)、早大の先輩後輩という一点から、壮大なフィクションを紡いでしまう構想力が凄い。史実もふんだんに散りばめられていて、日本外交では広田弘毅や松岡洋右といった大物が登場。激動の国際情勢に翻弄され、苦闘し、やがて敗戦へと転がり落ちていく。一方のエンタメ小説界では横溝正史やら松本清張やら、誰しも一度は読んだ面々がひたすら面白い物語を求めて切磋琢磨する。

なんといっても江戸川乱歩の人物像が魅力的だ。転職14回、転居46回というダメ人間で、めちゃめちゃマイナス思考。売れっ子作家になっても何かと言えば自己嫌悪に陥り、失踪、休筆して迷惑をかけまくる。それでもエログロから少年向けまで、書けば売れる才能を周りが放っておかない。今でもケラさんの芝居とかに、オマージュを感じる存在だものなあ。
そもそも乱歩自身が探偵小説オタク。社交性ゼロなんだけど、多くの海外作品を紹介し、山田風太郎ら若い作家を引き立ててて、日本にミステリーというジャンルを築いた功績に驚く。戦後初の探偵小説誌「宝石」に横溝正史「本陣殺人事件」の批評を寄せて、美しく見事なトリックに感嘆したからこそ、あえて厳しく不満をぶつける。これが大勢の次世代の作家たちを奮い立たせるくだりが痛快だ。

一方の千畝は対照的に、優秀で努力家で誠実。数少ないロシアスクールで、ハルビン領事館、満州国外交部やヘルシンキの公使館に赴任する。情報収集が仕事だから現地に溶け込むものの、いざとなれば国益優先で内面は複雑。読んでいて息苦しい。今も昔も外交官が背負う宿命だろう。
葛藤の頂点はリトアニアのカナウス領事代理として、押し寄せるユダヤ難民のため腱鞘炎になりながら発給した大量のビザだ。政府の方針に反していたから戦後は外交官を続けられず、公式な名誉回復は実に没後の2000年だった。外交のプロが戦時下に、国益も民族・宗教も関係なく、ただ目の前の困っている人を救うという行為がいかに深刻な逸脱だったか。のちのち国際的に評価されても言葉少なく、「当たり前のことをしただけです」と繰り返したという逸話が重い。

乱歩と千畝の軌跡は作中、ときに交差するけれど、濃密な友情物語とはいえない。決してヒーローではなく、不完全な二人が遠くにあって、互いにふと思い出す。特に終盤、そのあたりが物足りないという評もあるみたいだけど、感動を盛り上げ過ぎない描き方に好感がもてる。(2026.4

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