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February 28, 2026

哲学と宗教全史

人間の問いに答えてきたのは、昔は宗教がほとんどでした。それから哲学が台頭してきて、やがて自然科学が生まれ、生物としての人間についてほとんどすべてを説明できるようになりました。それでもまだ自然科学は万能ではなさそうです。哲学や宗教は、今、そのような地平に到達しています。

「哲学と宗教全史」出口治明著(ダイヤモンド社)

お馴染み博覧強記の著者が、紀元前1000年のゾロアスター教から20世紀のストロースまでを解説する。平易な記述で一気読みだ。商人ムハンマドが開いたイスラーム教の合理性、宗教のとしての若さや布教しやすさの指摘などが興味深い。項目ごとに参考文献を数冊勧めていて、これをすべて読破しているのかと改めて驚愕する。

450ページを駆け抜けた後の、「おわりに」が素晴らしい。AIの進化までを踏まえたうえで、いくら科学が宇宙や生命の謎を解き明かしても、人々は変わらず老いや病と向き合っている、だから宿命を受け入れてなお、積極的に生きることを辞めない意志ある人が、新しい哲学を生み出していくだろうと語る。日付は初版の2019年。このあと2021年に著者は病に倒れたものの、驚異的な努力でリハビリを乗り越え、今も著述を続けている。意志ある人間への希望は本物。折に触れ、部分部分を読み返したい一冊だ。(2026.2)

February 10, 2026

春にして君を離れ

何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな新しい発見をすると思う?

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティー著(早川書房クリスティー文庫)

地元ブックカフェの読書会で「春」がテーマになり、超久しぶりに再読。言わずと知れたミステリーの女王が1944年、メアリ・ウェストマコット名義で発表した「ロマンス小説」6作のうちのひとつだ。探偵も犯人も出てこないけれど、これは間違いなくミステリー。主人公が「自分自身の欺瞞」という最も恐ろしい真実を自ら暴いていく。そのプロセスが極上だ。

主人公の中年女性ジョーンは、弁護士の夫と1男2女に恵まれ、よき妻、よき母を自負し、人生に満足しきっている。ひとりでバグダッドに急病の末娘バーバラを見舞った帰り、悪天候でトルコ国境の宿泊所(レストハウス)に足止めされる。今と違ってネットもなく、思いがけず暇を持て余して、自分の来し方を回想し…

1930〜40年代のイギリス中産階級の規範が、ジョーンの強固なアイデンティティとなっている。今の日本に比べるとだいぶ古臭い感覚だけれど、扱うテーマは普遍的だ。自分は自分の人生を、実はわかっていなかったという衝撃。年齢を重ねて読むと、特に身に染みる。クリスティーがミステリー作家として「これだけは書きたかった」と語った心理ドラマの傑作で、長く構想を練り、3日で書きあげたという。さすが女王。
「完璧な人生」の自意識にひびが入るくだりは、読んでいてきっかけになるシーンが目に浮かぶよう。美しいタイトルも心に残る。原題は Absent in the Spring。これはシェイクスピアのソネット「From you」の1節、From you have I been absent in the springが元になっている。すなわち、あなた=愛すべき夫ロドニーのいない春なんて虚しいだけ。読み終わって、このフレーズがまたほろ苦い。

中村妙子訳。おりしも2026年はアガサ・クリスティー没後50年で記念イベントが多く、本作はまもなく新訳がでるとのことでした。(2026.2)

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