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November 16, 2025

BUTTER

どんな女だって自分を許していいし、大切にされることを要求して構わないはずなのに、たったそれだけのことが、本当に難しい世の中だ。取材を通して知り合う、成功者と呼ばれる女性ほど、それが顕著に表れている。

「BUTTER」柚木麻子著(新潮社)

2000年代の連続不審死事件を下敷きにして2017年発表以来、内外で高い評価を得、2025年にダガー賞にもノミネートされた話題作を読む。週刊誌記者・町田里佳は独占インタビューを狙って、殺人犯として起訴された毒婦・梶井真奈子の面会に通い、その言動に煽られていく。事件の真相を探るミステリーの体裁をとりながら、親友・怜子とのシスターフッド、あるいは現代女性のさまざまなくびきからの解放を描いていて爽快だ。

何人もの中高年男性に一億近くを貢がせたのに、真奈子の容姿は決して女優やアイドル然とはしていない。ダイエットや健康的で正しい生活を気にせず、食べたいものを食べ、社会的評価どこ吹く風と、古くさい「男に受ける女」を全肯定。カジマナと呼ばれて一部の女性からカリスマ扱いされちゃう。欲望に忠実で、独善的なカジマナの象徴が、美味なエシレバターだ。
留置所にいて好物を口にできない真奈子に指示されるまま、里佳はバター餅から高級フレンチまで、次々食べては報告する。「バターの脂っこさと砂糖のしゃりしゃりとした食感、醤油の強い味が一つになる。餅をかみ切った歯の付け根が快感で大きく震えた」ーー。繰り返されるこってりした描写がまず特徴的。やがて男役スターのように長身スレンダーだった里佳が太り始め、恋人の誠をはじめ周囲の見る眼が変わるあたりから、今日的テーマが立ち上がる。女性たち、現代人たちは一体何を求めて頑張っているのか。

新潟の実家まで足を運んで調べてみれば、カジマナは歪んでいるけれど、決して怪物ではなかった。物語中盤、里佳が極寒の雪国より寒々しい東京の一人暮らしの部屋に戻り、じゃが芋を茹でバターで頬張って、ふいに内面の傷と向き合うシーンが秀逸。いっそ組織や家族でのあるべき居場所を潔く手放し、ただできるタイミングに会える人と、心地良く食卓を囲む生き方もあっていい。どれほど孤独で不安定で、冴えない人生だとしても。
意表をつく怜子の独白、真奈子が通った高級料理教室でのできごと、二審公判、里佳への思わぬバッシングと、後半の展開は怒濤だ。そして里佳と誠、しっかり者の母・美咲、怜子夫妻はもちろん、かっこいいメンター篠井、後輩の北村まで、それぞれの軌道がすこしずつ変わっていく。世間の不毛な評価から自由になるには、自分で自分を認めるしかない。そして伸ばされた手を、掴めるときに掴む。そう思えればこの世界は味わうに値する。このメッセージが普遍性をもって、欧米で共感を呼んだんだことが興味深い。

ウエストのクリスマスケーキやら七面鳥のレシピやらトルコのラマダンを再現したイベントやら、しつこいほどのディテールも独創的。このへん海外読者はどんな風に読んだのかな。(2025.11)

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