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November 23, 2025

水燃えて火

失礼ながら、貴殿方は資源というものを何だと認識しておられるのか。石炭、石油、鉱物などに限定しておられるのではないか。我が国は森林国である。木という天然資源がある。それに伴い川があり水という資源もある。島国であるから当然、海洋資源もあり、狭い国土ながらも多くの人民が生き、いわば人という資源も豊富だ。私の考えでは、日本は大いなる資源国だ。

「水燃えて火」神津カンナ著(中央公論新社)

大正時代、木曽川に七カ所の水力発電所を拓いた電力王、福沢桃介とそのパートナー、川上貞奴の波瀾万丈を描く。
桃介のキャラがまず破天荒だ。福沢諭吉の娘婿というブランドを得てアメリカに留学、日露戦争前後の株投機で財産を築く。複数の起業、M&Aに関わるものの、事業が山を越すと飽きちゃったり、行き詰まったらぷいと旅に出たり。そんな山師が40代後半になって、木曽川に没頭していく。
電力の大量消費時代を予見して発電所建設に乗り出し、初期の需要を作り出すため鉄道や製鉄を手がけ、扇風機の売り込みまで発案。関東大震災後の金融逼迫に直面した際は、外債による調達を決断する。ニューヨークに乗り込んで、投資家相手に熱弁をふるうシーンは痛快だ。みごと社債を完売した帰国時のパーティーでは、いつか戻ってきて、今度は我々が米国にカネを貸すとスピーチし、拍手を浴びる。
明治人の気骨というべきか。そもそも岳父の諭吉が地下資源の乏しい日本ではホワイトコール、すなわち潤沢な水の利用が重要だと説き、のちに科学的分析を政治に取り入れた後藤新平が主導して、数年がかりで水力発電の適地を調べ上げたという。社会のかたちをデザインする先見性とスケール感。

そして桃介が本格的に名古屋に居を構える際、内外の賓客を迎える女主人にと口説いたのが、10代で知り合った貞奴だ。これがまた気っ風が良い。葭町(人形町)の名妓で才気煥発、政界の大立者から人気の歌舞伎役者まで人脈も豊富。伊藤博文に水揚げされ、23歳で書生芝居の風雲児・川上音二郎と結婚すると、欧米巡業で日本初の女優として舞台に立って大評判。音二郎と死別後、引退して桃介と木曽に赴く。
内縁の妻というより対等な事業パートナーの位置づけで、ときに桃介に直言。変化に抗う者と対立しても、相手の自尊心を尊重せよと説いたり、事業に協力する条件として、働く女性を支援する紡績会社を設立したり。「女を莫迦におしでない」という啖呵や赤いバイクを乗り回すさまが格好良い。
このコンビによる新事業のイメージ戦略にも目を見張る。迎賓館たる住居や発電所を「見せる」建築物と位置づけ、桃介の義弟・杉浦非水のデザインなどで、随所に意匠を凝らす。実際に発電所は現在、重文や産業遺跡に指定されている。

しかし華やかな桃介、貞で終わらないのが、この物語の深いところ。三人目の主人公が島崎藤村の実兄であり、地元利益を代表して桃介と対峙した島崎広助だ。中盤は雰囲気ががらりと変わって、木曽谷の厳しい自然、林業の実際や人々の苦難をじっくり描く。島崎の愚直な造形とあいまって、筆致は誠実だ。
木曽山林が皇室所有の御料林に編入されるとき、生活の糧を得ていた地元は数年がかりで返還や補償を求めるがかなわず、島崎が交渉役になって恩賜金の下付で決着させる。挫折を抱えつつ、桃介との水利権交渉で再び矢面に立つことになる。思惑が交錯して地元は一枚岩になれず、島崎も報酬を巡って不信感を招いていく。なんとも重苦しいんだけど、今も変わらず、あらゆる開発というものが避けて通れない経緯だろう。息の根を止めるような戦いをしてはならない、闘争に勝者はないという島崎の達観が染みる。

先人の歴史を超えて、人々の暮らしは続いていく。いつか、ゆかりの碑文があるダムや貞が遺した「萬松園」を観てみたい。
「電気新聞」の連載を加筆修正。装画は川崎麻児。(2025.11)

November 16, 2025

BUTTER

どんな女だって自分を許していいし、大切にされることを要求して構わないはずなのに、たったそれだけのことが、本当に難しい世の中だ。取材を通して知り合う、成功者と呼ばれる女性ほど、それが顕著に表れている。

「BUTTER」柚木麻子著(新潮社)

2000年代の連続不審死事件を下敷きにして2017年発表以来、内外で高い評価を得、2025年にダガー賞にもノミネートされた話題作を読む。週刊誌記者・町田里佳は独占インタビューを狙って、殺人犯として起訴された毒婦・梶井真奈子の面会に通い、その言動に煽られていく。事件の真相を探るミステリーの体裁をとりながら、親友・怜子とのシスターフッド、あるいは現代女性のさまざまなくびきからの解放を描いていて爽快だ。

何人もの中高年男性に一億近くを貢がせたのに、真奈子の容姿は決して女優やアイドル然とはしていない。ダイエットや健康的で正しい生活を気にせず、食べたいものを食べ、社会的評価どこ吹く風と、古くさい「男に受ける女」を全肯定。カジマナと呼ばれて一部の女性からカリスマ扱いされちゃう。欲望に忠実で、独善的なカジマナの象徴が、美味なエシレバターだ。
留置所にいて好物を口にできない真奈子に指示されるまま、里佳はバター餅から高級フレンチまで、次々食べては報告する。「バターの脂っこさと砂糖のしゃりしゃりとした食感、醤油の強い味が一つになる。餅をかみ切った歯の付け根が快感で大きく震えた」ーー。繰り返されるこってりした描写がまず特徴的。やがて男役スターのように長身スレンダーだった里佳が太り始め、恋人の誠をはじめ周囲の見る眼が変わるあたりから、今日的テーマが立ち上がる。女性たち、現代人たちは一体何を求めて頑張っているのか。

新潟の実家まで足を運んで調べてみれば、カジマナは歪んでいるけれど、決して怪物ではなかった。物語中盤、里佳が極寒の雪国より寒々しい東京の一人暮らしの部屋に戻り、じゃが芋を茹でバターで頬張って、ふいに内面の傷と向き合うシーンが秀逸。いっそ組織や家族でのあるべき居場所を潔く手放し、ただできるタイミングに会える人と、心地良く食卓を囲む生き方もあっていい。どれほど孤独で不安定で、冴えない人生だとしても。
意表をつく怜子の独白、真奈子が通った高級料理教室でのできごと、二審公判、里佳への思わぬバッシングと、後半の展開は怒濤だ。そして里佳と誠、しっかり者の母・美咲、怜子夫妻はもちろん、かっこいいメンター篠井、後輩の北村まで、それぞれの軌道がすこしずつ変わっていく。世間の不毛な評価から自由になるには、自分で自分を認めるしかない。そして伸ばされた手を、掴めるときに掴む。そう思えればこの世界は味わうに値する。このメッセージが普遍性をもって、欧米で共感を呼んだんだことが興味深い。

ウエストのクリスマスケーキやら七面鳥のレシピやらトルコのラマダンを再現したイベントやら、しつこいほどのディテールも独創的。このへん海外読者はどんな風に読んだのかな。(2025.11)

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