« September 2025 | Main | November 2025 »

October 26, 2025

川崎家の系譜

この芸術精神が小虎の生き様をとおして、長男の鈴彦、次男の春彦、そして孫の麻児はもとより、娘婿の魁夷にまで継承されたことこそ類い希なる類いまれなる日本画の名門たる証といえる。

「川崎家の系譜」石田久美子編著(東京美術)

市川市東山魁夷記念館の学芸員である著者が、リベラコレクションを中心とした2021年特別展の図録を兼ねて出版。東山魁夷や川崎麻児さんの作品に触れてはいたけれど、改めて一家の画壇での存在感、そして、それぞれの画風の幅広さがわかって興味深い。

始まりは天保年間生まれの川崎千虎だ。有職故実に通じた大和絵系歴史絵の大家であり、明治に入って岡倉天心とともに東京美術学校(東京芸大)や日本美術院で研究と後進の指導にあたる。その孫、小虎は大正から昭和にかけて帝国美術学校(武蔵野美大)で教えながら創作。メルヘンチックな「春の訪れ」、コミカルな「ひよこ」や「猿」から「雪静か」の静謐まで、清々しさが漂う。
その長男、鈴彦のライフワークである奥の細道の写生は、緑が香ってくるような誠実さ。一方の次男の春彦はうってかわって、「春曙」「夜明けの潮」などダイナミックで、鮮やかな色彩に目を奪われる。1959年に杉並で生まれた春彦の長女、麻児になると「訪問者」「足音」など非常にモダン、静謐、幻想的で、独自の感性が際立つと同時に、小品に描いた動物や置物には小虎の愛らしさも彷彿をさせる。

魁夷の足跡をたどる解説によると、復員後に四ヶ月ほど、川崎家の疎開先である山梨に身を寄せ、小虎、鈴彦、春彦とともに写生の日々を過ごしたという。のちに日本を代表する画家にまでなるとは知らない頃、世相もまた混沌としていた。不安と創造の衝動を共有した一家の時間を、想像せずにはいられない。(2025.10)

October 19, 2025

可視化される差別

集団的接触のメタ分析が繰り返し行われているが、接触の量と質はどちらも一般的にいって人々の態度を好意的にすることがわかっている

「可視化される差別」五十嵐彰著(新泉社)

気鋭の社会学者が膨大な内外の研究成果から、移民・エスニックマイノリティなどへの差別をめぐる論点を語り尽くす。参考文献は細かい字でなんと60ページ! しかし詳細な議論はほぼ2ページごとにつけた注に譲り、本編370ページは縦書きの平易な語り口に徹して、読者を遠ざけない。増加する外国人への対応が政策テーマに浮上した現在、注目されるべき意欲作だ。

差別を「特定の人種や国籍の人を不利に扱う行為」と定義し、「差別はそれを経験した人に害をもたらすから悪いのだ」と態度は明快。そのうえで採用や賃貸での差別の存在を、あくまで淡々と、丁寧に測定していく。手法はさまざま。統計、アンケートに加え、役者を使った実験の紹介が興味深い。バス停でムスリムが買い物袋からオレンジを落としたら、並んでいるドイツ人は拾ってあげるかどうか。オレンジを落とす前に携帯で会話して、外見はムスリムでもドイツ人が共感できる価値観を主張していたらどうか。
そして数字に基づいて、差別が所得や健康に与える影響や、差別を生む原因を解き明かしていく。集団的接触が差別を緩和することは、直感的によく言われるけれど、終盤で研究成果として示されると、なんだか希望がわく。日本人Aさんの友人Bさんに、中国人Cさんの友人がいると、Aさんが中国人全体に対して好意的になる、つまりは友だちの友だちはみな友だち。リアルでなくても登場人物が外国人に対して好意的に振る舞うエンタメに接するだけでも、一定の効果がある… もちろん、集団的接触は万能ではない。全編を通して、学術的に分からない点は分かっていないと、端的に記していて好感がもてる。

差別研究は2000年代に入って進展した、新しい分野。紹介する研究をジャンル分けすると、社会学だけでなく政治学、心理学、経済学と多岐にわたるし、昨今話題のSNSの分析も発展途上だ。ときに学問の限界を認めつつ、世の中を少しでも良くしていく方向へ社会科学がいかに貢献するか、期待を抱かせる。(2025.10)

« September 2025 | Main | November 2025 »