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August 09, 2025

Yes,Noh

舞台では面と装束で自己を閉じ込め、只々型を無心に行っているだけです。

「Yes,Noh」関直美著(KuLaScip)

ちょっとご縁があった宝生流シテ方の女流能楽師が綴った、ジェットコースターのような半生を読む。振り出しは帯広。裏千家教授の娘として育つものの、与えられた境遇を飛び出してニューヨークに留学。人種のるつぼで夢をつかみ、いよいよ心理学修士を取得しようという目前になって母が病に倒れてしまう。急きょ帰国し茶道の社中を継ぐが、1998年、33歳でさらに大きな転機が訪れる。
気分転換のつもりで鑑賞した能舞台に衝撃を受け、一念発起してなんと芸大に入学。以降、大変な努力を重ねて能楽師の道を歩みながら、現在は伝統芸能の普及団体も主宰している。

人生を変えた舞台が衝撃だ。金春流79世宗家・金春信高氏が喜寿の祝いで、一子相伝の秘曲「関寺小町」を41年ぶりに舞う。2年もかけて準備した舞台で倒れたこともショッキングだけど、そのあとこそが凄まじい。能舞台は曲の途中で止めることができない。後見の金春晃實が朦朧とする信高氏を後方へ引きづっていき、固く握った指を開いて扇を受け取って、舞い納めたという。
長男である金春安明氏との対談が収録されている。当日、安明氏は地謡を務めており、シテの面倒をみるのは後見の役割。「父が倒れた時、何を思ったかと言うと、『あぁ、僕は地謡でよかったな』なのです。これも親不孝なものですよね」「僕達地謡は余計な事を考えず、とにかく謡い続けました」「それがプロとしてのこちらの仕事だと思っています。ですから謡い続けました」… 信高氏は重症ではなかったものの、この不本意な舞台を最後に結局、シテを辞めることになる。なんという厳しさ。
「関寺小町」とは小野小町百歳の、衰えを嘆きつつものんびりした一日を描く演目だ。安明氏はいう。「百歳の小野小町の役をやると言う事は、何か訳がわからない役をやると言う事なのですね」「父の著書に『動かぬ故に能という』があるのですが、この事がやはりただ事ではないのです。これはいい加減な人ではできません」

そもそも、シテは面をかけているため極端に視界が狭く、10キロ近い装束をまとっているので手足の自由もそうきかない。舞台に立つときには結界のように自己を閉じ込める、と著者は記す。例えば「シオリ」という悲しみを表現する型でも、悲しい気持ちを伴うのではなく淡々と、型を忠実に再現するだけ。だからこそ、人生をかけて積み重ねた人となりが現われる、と。
お能はそれほど観ていないのだけれど、さまざまな古典芸能につながるものだし、もう少し理解したいかも、と思わせる一冊。いや、老後の楽しみが増えちゃうな。(2025.8)

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