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February 24, 2025

外国暮らしで出会った28の食物語

明日飛行機取って帰るからという夫に、ちょっと待って、私仕事辞めてすぐそっちに行くから。学校は絶対辞めないで、と言って、とどまらせました。正社員だったので周りに頭を下げ、辞めさせてもらい、一週間後には飛行機に乗っていました。

「外国暮らしで出会った28の食物語」森川由紀子著(ジュピター出版)

今はご自宅でパーティー型料理教室を主宰する著者が、国連職員だったご夫君と暮らした海外の思い出、そこにまつわる料理レシピを写真とともに紹介。ボストン、オレゴン、ニューヨーク、イタリアと、どこへ行ってもホームパーティーやマーケットの手伝いで、積極的に交流し、日々を楽しむ様子が、逞しくて朗らかだ。
特に最初の赴任地ウガンダの体験が凄まじい。なにしろ雇った運転手が勝手にガレージのガソリンを売り飛ばされたり、隣のリビア人宅の見張りの兵士(アスカリ)がなんと強盗に変貌して、動転しつつも国連配備のトランシーバーで警察を呼んだり、よくぞご無事で、という感じ。それでも気のいいメイドのローズと仲良くなるし、パキスタン人の奥様に本場のカレーを、ドイツ人上司の妻に得意のキッシュを習っちゃう。イギリス人の疑問文の語尾を下げる口調に学ぶとか、知的好奇心も旺盛だ。
料理はレモネードとかラペもあって、割合シンプルです。

February 02, 2025

ザリガニの鳴くところ

ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこには悪意はなく、あるのはただ拍動する命だけなのだ。たとえ一部の者は犠牲になるとしても。生物学では、善と悪は基本的に同じであり、見る角度によって替わるものだと捉えられている。

「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ著(早川書房)

2018年発表、2021年本屋大賞の翻訳小説第1位となったベストセラーを読む。舞台は南部ノースカロライナの、手つかずの自然が残る湿地。物語は1969年のチェイス・アンドルーズ殺人事件と、容疑者となった湿地の少女カイアの過酷な生い立ちとを行き来する。殺人の真相を追うミステリーよりも、動物学者である著者が生き生きと描く、濃密な湿気が漂ってくるような情景と生きとし生けるものの息遣い、そして誇り高いカイアのキャラクターに引き込まれる。


ボートでしかアクセスできない湿地は「イラク水滸伝」さながら、社会からはみ出した者の吹きだまりだ。住民のホワイトトラッシュ(白人の貧乏人)は地域から疎外されており、6歳で父母兄弟にも去られたカイアは、ひとり森の掘立小屋に取り残され、通学せず友だちももたず、貝や魚の燻製を売って生きのびる。数少ない信頼する少年テイトに導かれて読み書きを身につけ、生物学を独学。湿地の生物をつぶさに観察した専門書を出版するまでになるが、ようやく得たと思った恋人チェイスは有力者の息子で、手ひどく捨てられてしまう。
カイアの孤独は想像を絶する。長じて兄ジョディと再会し、連絡先を書いた紙片を受け取って、息が止まるほどの衝撃を受けるシーンがなんと切ないことか。自分にも居場所がわかる家族がいる、電話をかける番号があることを、奇跡としか思えないのだ。

それでも、カイアは決して安穏な暮らしを選ばない。まつろわぬテイトは、人間の都合にははまらない湿地の自然そのものを、静かに、強烈に象徴する。自然界、ザリガニが鳴くような人里離れたところでは、雌ギツネは緊急時には子どもを捨てて生き延びることを選ぶ。たとえそれが人間が作った倫理、常識には背くとしても。夜明けの砂浜でケイトがカモメたちの渦に巻かれるシーンの、息をのむ美しさが胸に残る。
これがオーエンズ69歳のデビュー小説という。びっくり。友廣純訳。(2025.2)

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