« 戦争と経済 | Main | 志村ふくみ 染めと織り »

December 29, 2024

一千字のまがな隙がな

着る物をすべて売り尽くし、夏、赤い水着だけで生活した。そこに突然の来客である。仕方なく、その恰好で応対した。むきだしの膝小僧にタオルをかけ、縁側で挨拶、客は出版社の編集者であった。『放浪記』の出版が決まったのである。芙美子は客が帰ったあと、水着姿で座敷中を飛びまわった。

「一千字のまがな隙がな」出久根達郎著

名手の文学案内シリーズで、2015~16年分をまとめた最終巻。8年に及ぶ連載で内外398人の作家をとりあげ、別の雑誌に掲載した2人を併載して計400人としている。個性豊かな作家たちの横顔を、短い文章で伝える筆が冴え渡る。

24歳の樋口一葉は傑作『たけくらべ』が大御所の森鴎外と幸田露伴に激賞され、同人仲間たちが狂喜しても、自分が若い女性だから世間が注目するのだろう、と冷静だった。貧乏のイメージが強い林芙美子は、『放浪記』がベストセラーになったあと、単身渡欧して1年あまりを過ごし、帰途、魯迅に会っている。なんだか痛快だ。
一方で「銭形平次」の野村胡堂は石川啄木の中学時代の先輩だが、よほどの確執があったとみえ、後年は交際が絶えてしまう。70代になってから故郷の歌碑の前に同じような学友が集って、「絶交解消式」を挙げた。啄木の性格の難しさからいろいろあったけれども、とどのつまり憎めない男だったと。

シリーズおなじみ、作家同士の響き合いのエピソードは、ときに海を渡る。例えば漱石の門弟、エリセーエフ。ロシア人留学生で帰国後、革命で投獄され、獄屋で大好きな漱石を読んで気を紛らした。国外脱出し、昭和になって米ハーバード大の東洋語学を教え、教え子のひとりがのちの駐日大使ライシャワーだという。
また、岩波文庫で魯迅選集を編む際、作家がこれだけは収録してほしいと要望したのは、仙台留学の思い出を綴った短編で、恩師に再会したかったから。しかし恩師がそのことを知ったのは、魯迅が56歳で亡くなった直後だった。その魯迅が足繁く通い、国民党政権から逮捕状が出たとき匿われたのは、元製薬メーカーの駐在員・内山完造が上海に開いた本屋だった。かと思えば、徳冨蘆花はトルストイに心酔し、片言の英語を頼りにはるばる田舎家まで訪ねていき、ともに川で泳ぐほど親しくなったという。強烈な自意識の共鳴。
ハイジ、フランダースの犬、小公子… 誰もが書名を知っているけれど作家名となると?という名作の数々と、それを日本に広めた訳者の逸話の数々も面白い。

ラストで五味康祐が描く時代小説のヒーロー像について、ダイナミックで淡泊な色気があって、と綴り、「私は作品より、作者その人に心酔しているのかも知れない」と締めている。これぞ読書の醍醐味というものか。(2024.12)

« 戦争と経済 | Main | 志村ふくみ 染めと織り »

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

« 戦争と経済 | Main | 志村ふくみ 染めと織り »