成瀬は天下をとりにいく
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
一学期の最終日である七月三十一日、下校中に成瀬がまた変なことを言い出した.いつだって成瀬は変だ。十四年にわたる成瀬あかり史の大部分を間近で見てきたわたしが言うのだから間違いない。
「成瀬は天下をとりにいく」宮島未奈著(新潮社)
2023年最大の話題作をようやく。言い尽くされているけど、孤高でマイペース、しかも発想力と実行力抜群の成瀬の造形が、なんともキラキラと痛快。主人公の魅力爆発という点では、世之介以来かも。そんな成瀬を見ていたい一心で、奇妙なプロジェクトに巻き込まれていく幼なじみの島崎の存在が、また秀逸だ。文章もリズミカルで、ニマニマしながら読む。
背景はしっかりしていて、コロナ禍の子供たちの鬱屈と、人口減時代に寂しくなっていく地方都市の現実がある。象徴が、実際に2020年夏に閉店した西武大津店。大津在住主婦37歳が1ヵ月で書いた短編で、閉店前に店に通ってローカル局の中継に映り込む女子を描き、文学賞を受賞。話題が話題を呼んで、ついに本屋大賞に。小説の運命がヒロインに負けず格好いいです。地元あるあるのコメディセンスも可愛い。欲をいえば成瀬には、あんまり分別を身につけず、突っ走ってほしいなあ。(2024/8)