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July 31, 2024

台湾海峡一九四九

十七歳になっていた張玉法の兄は、弟の体をぐっと引き寄せて言った。ここで別れよう。二人とも南へ向かったら、同じ運命をたどるだけだ。万が一、二人ともダメだったら両親は「希望を失う」。だからここで運命を分けて両方に賭けよう。オレは北へ行く。お前は南へ行け。

「台湾海峡一九四九」龍應台著(白水社)

2022年共産党大会あたりから、ワイドショーでも台湾有事が取り沙汰されるけれど、いったい私たちは台湾の何を知っているのか。父は元国民党憲兵で、1952年高雄市生まれの作家が2009年に、国民党軍と民間人ざっと200万が台湾に渡った1949年の群像を生々しく描く。日中戦争と国共内戦という国家の暴虐が庶民に強いた、あらゆる苦難が壮絶すぎて、ただただ言葉を失う。訳知り顔の分析や諦念を吹き飛ばす、1人ひとりの物語が重い。

著者はベストセラー作家で、米国で博士号をとり、1980年代後半にドイツに移住して現地で結婚、のち離婚。2012年には文化省の初代大臣に就くなど、その知性は強靱で立体的だ。日本語版の序文で、本書は文学であって歴史書ではない、文学だけが魂に触れることができると記し、膨大な史料とインタビューから、それぞれの忘れられないワンシーンを構築していく。例えば著者の父。15歳の時、18歳と偽って貧しい農村から憲兵について行った。母が握らせた、布靴の底。漁師は船で1時間の対岸に昆布などを売りに行って封鎖に遭い、島へ帰れなくなった。

大陸と島に分かたれた家族の物語だけではない。ベトナムの劣悪な捕虜収容所、香港に逃れ悪魔山に収容された2万人もの難民… 無名の庶民、中国語圏の作家らに混じって、クアンタコンピュータの創業者や、李登輝が登場して不意を突かれる。

凄まじいのは1948年、ソ連の統治を経て国民党軍が接収した長春での、共産党軍の包囲戦だ。餓死者は十万とも三十万ともいわれる。しかし無血開城以外、独ソ戦のレニングラードのように描かれることなく、今は長春市民もさして当時を知らない。さらに台湾人の過酷な運命にも愕然とする。のどかな南部の先住民が1942年、日本軍に志願。南方の悲惨な捕虜収容所の監視につき、戦犯として長く服役する。今もボルネオ司令官だった日本人の額「日々是好日」を持っているのだ。

巻末に2011年民国百年増訂版を収録、天野健太郎の訳者あとがきの日付は2012年。(2023/7)

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