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October 15, 2023

ジュリーがいた

音楽は記憶装置である。「キャー!」と叫んだその日から時代時代のジュリーを追いかけ、自分の人生を投影しながら日々の活力としてきたのだ。沢田研二への絶対的な愛は、揺るがない。

「ジュリーがいた 沢田研二、56年の光芒」島崎今日子著(文藝春秋)

むかし沢田研二の正月コンサートに足を運んだことがある。キラキラした1980年代初め、MCで直前の紅白の舞台裏を面白おかしく語るのが名物になっていて、それは幸せな歌謡曲の時代だった。
安井かずみら人物ノンフィクションで知られる著者が、その沢田研二を書いた。もとは2021~23年の「週刊文春」の連載。といっても本人ではなく、希代のスター「ジュリー」に魅せられた人々の記録というユニークなアプローチだ。元祖BLの魅力を引き出した久世光彦、ソロ活動をプロデュースした加瀬邦彦、グラムっぽい伝説のビジュアルを作ったセツ出身デザイナー早川タケジ、後年バックバンドを務めた吉田建、そして盟友ショーケン… きら星のような「ジュリーをめぐる人々」がそのまま、メディアやプロダクションのありようを含む豊かな戦後の芸能史、サブカル史となっていて面白い。大変な取材量。

個人的には内田裕也が京都で、タイガースの前身ファニーズを見いだしたその人であり、スキャンダルとなった離婚・再婚などの間もずっと良き理解者だったというのが、まず発見。周囲の創造力に比べると、実は本人のセンスは問題外だったらしい。京都の学生時代は喧嘩が強い硬派で、名曲「危険なふたり」をなんと空手着で歌いたがったとか、驚きでしかない。
彼の才能とは天賦の美貌、そしてなにより、手抜き無しに与えられた仕事を全うする頑固なプロ意識であることが、よくわかる。常識人が演じきる虚飾の美。スターはいつの時代も、そういうものなのかもしれない。

全編を通じて最も強烈なのは、理屈抜きに多大な時間と労力をつぎ込むファンの存在だ。あとがきで連載中、50年来の熱心なファンが次々に貴重な資料をみせてくれたり、話をきかせてくれたりしたことを紹介している。GS時代にファン同士が反目したり、フェスでロックファンと揉めちゃったり、ファンの存在ってややこしい。それでもスターの物語は間違いなく、ファンの物語なのだ。著者自身、間違いなくファン目線だし。
時系列がところどころ前後するので、ちょっと読みにくい面も。ネットで当時の動画や画像を確認しながら読むと楽しいです。(2023/10) 

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