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August 14, 2023

塞王の楯

「戦の最中で『扇の勾配』かよ。化物か」
 玲次は唖然とし、さらに段蔵は信じられぬといったように溜息を漏らす。
「しかも鉄砲狭間付き……そのようなことが本当に出来るのでしょうか」

「塞王の楯」今村翔吾著(集英社)

戦国時代を生きた近江の石垣職人集団・穴太衆。その最高峰に立つ若き「塞王」飛田匡介の活躍を描く。前半は匡介の不幸な少年時代や石積みの解説などで、まったりしていると思ったけれど、後半、大津城の闘いに突入すると、ぐっと引き込まれた。鉄砲鍛冶集団・国友衆のライバル、三落と対峙し、まさに矛と盾が誇りをかけて職人技を尽くす。

1600(慶長5)年9月、琵琶湖に面した舟運の地に立つ大津城。城主・京極高次は浅井三姉妹のひとり、初を正室としている。初の姉は秀吉の側室・茶々(淀)、妹は徳川秀忠の正室・江。愚鈍なのに閨閥で出世した「蛍大名」と侮られながら、どっこい大津の生き残りのため、城に籠もって西軍(三成軍)を迎え撃つ決断をする。
家臣にも慕われている高次に従った匡介は、石積櫓の爆破や格子状の石垣など、知恵と技を次々に繰り出して西軍を苦しめる。一方、攻め方の名将・立花宗茂に仕える三落も、雨をものともしないバネ式銃や大砲という新技術を投入。あまりに激しい攻防に、京の町人が弁当持参で繰り出して、三井寺観音堂から見物していたとか。

鉄壁の守りか、最終兵器か。ライバルふたりがともに相手の戦意を削り、結果として平和を目指すという筋は今の時代、ちょっと空しく感じられる。それでも開城して高野山へ送られた高次が、西軍1万5000を足止めしたことで関ヶ原での勝利に貢献し、家康に高く評価されたと知ると、なんだか爽やかだ。(2023/8)

August 11, 2023

永遠と横道世之介

この世で一番カッコいいのはリラックスしてる人ですよ。

「永遠と横道世之介」吉田修一著(毎日新聞出版)

あの世之介シリーズの完結編。2007年、もう40手前のフリーカメラマンになってる世之介と、取り巻く人々の1年を描く。完結しちゃうのが残念だ。

世之介は吉祥寺郊外で、下宿を営むあけみちゃんと暮らしている。下宿人たちと転がり込んできた引きこもり男子とで、季節季節の食卓を囲む。決して押しつけがましくなく、淡々とした日常の温かさがまず、いい。
世之介の言動が、いちいち拍子抜けするような脱力系なのは相変わらず。そして、けっこうモテるのも相変わらずで、かつて湘南の寺で出会い、早世した運命の恋人・二千花との思い出が繰り返される。切なくて哀しくて、しみじみと美しい。
ちなみに付き合っていたヤンママはどうなったのか、と思うと、息子の亮太もちゃんと登場します。

2021年末から23年の始めと、コロナ下での新聞連載。いつになく、生死が意識されるのはそのせいもあるのだろうか。あけみちゃんの祖母と父の経緯や、二千花の両親の思いや、後輩カメラマン・エバちゃんとその娘…。どんなに平凡にみえる人にも、生きていれば辛い出会いや別れがある。そうして人は、今日みたいな日があれば人生満足と思える一日「満足日」を抱いて、どうにか生きていくのだ。大丈夫、絶対に大丈夫だから、とつぶやきながら。

読者は小説のなかの1年のすぐ後に、世之介自身が突然、亡くなってしまったことを知っている。読みすすむうちに、すっかり世之介の知り合いのひとりになって、しみじみ思い出すような思いにこたえるラストがまた、染みる。(2023.8)

 

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