おかえり横道世之介
「だな。おまえは急いでない感じするよ」
「でしょ?」
「だからかな、なんか、こんな話、したくなるんだろうな」
「おかえり横道世之介」吉田修一著(中公文庫)
あの愛すべき脳天気野郎が帰ってきた。バイトとパチンコで暮らすダメダメな24歳の、しょうもなく、心温まる1年。
2009年刊行の第一作でバブル期の大学生だった世之介は、売り手市場に乗り遅れてしまった典型的ロスジェネになっている。でも、焦っているようにはみえない。だらだらと冴えない日々、でも、ずるくないし、ごく自然に誰にでも親切。
そんな世之介だから、周囲が心を許す。証券会社の仕事に挫折した旧友、女だてらに鮨職人を目指すパチンコ友達… ひょんなことから恋人になった元ヤンキーのシングルマザーとは、世之介らしい成り行きで家族ぐるみの付き合いとなり、父と兄が営む整備工場にいり浸っちゃう。恋人のひとり息子にかける言葉が、泣けます。人を思いやれる強い人間は少ない、お母さんはおまえをそんな人間にしたいんだ。
前作同様、中盤からは彼を取り巻いていた人々の「現在」が挟まって、感慨が深まる。2019年2月刊行「続 横道世之介」の文庫化なので、作中の「現在」では東京オリンピックが有観客の設定なんだけど、気にならない。ふとしたことで思い出す、彼らの胸の奥に世之介が残した小さな明かり。しみるなあ。
巻末に2013年の映画「横道世之介」の監督・沖田修一と主演・高良健吾の対談を収録。(2023年7月)
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