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December 11, 2022

われら闇より天を見る

「きみはお母さんにそっくりだな」
「だまされちゃだめ」
男に見つめられてダッチェスは自転車をちょっとバックさせ、髪につけた小さなリボンをいじった。
「それは世をあざむく仮の姿。ただの女の子に見えるけど、ちがうんだから」

「われら闇より天を見る」クリス・ウィタカー著(早川書房)

2021英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞、そして2022「このミステリーがすごい!」はじめ年末ミステリランキングで三冠を獲得した人間ドラマだ。辛い境遇に立ち向かう13歳、自称「無法者」ダッチェスの健気さが、500ページをぐいぐいと引っ張る。彼女は泣いたことがない。なぜって天使のような弟を守っているから。傷つけられたとき、瞬間沸騰する怒りと反撃、その哀しさ。応援したくてたまらなくなる。

舞台はカリフォルニアの海辺の町ケープ・ヘイヴン。誠実な警察署長ウォーカーは、酒に溺れる幼なじみスターと2人の幼い子供をいつも気にかけているが、彼らの心には30年前の不幸な事件が、今なお影を落としている。そこへ事件の加害者、親友ヴィンセントが刑期を終えて舞い戻り、新たな事件が… 波の浸食で空き家が崩れ落ちるエピソードが、不吉な予感をかきたてる。
人間関係の閉塞や悲劇がジョン・ハートを思わせるなあ、と思って、巻末の解説を読んだら、著者はまさにハートに出会って作家に転身しちゃったとのことで、納得。

登場人物がそれぞれ闇を抱えていて、正直こんがらがっちゃうんだけど、中盤にダッチェスが移り住むモンタナの大自然が素晴らしく、ぱあっと視界が開ける思いだ。ダッチェスは少しずつ、本当に少しずつ、心をほどいていく。なけなしの勇気をかき集めて彼女をダンスに誘うトマス・ノーブル、頑張れ!

それでも人生は残酷だ。後半200ページは怒濤の展開。ダッチェスが地獄への道行きの途中、うらぶれたバーで「明日に架ける橋」を歌うシーンが、映画のワンシーンのように切なく、胸に残る。

巻末の川出正樹の解説を読むと、著者の人生がまたドラマチックだ。大学進学をしくじり、PTSDを病み、金融トレーダーで大損、からの作家として成功って…。鈴木恵訳。(2022.12)

 

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