同志少女よ、敵を撃て
「戦後、狙撃手はどのように生きるべき存在でしょうか」
講堂に緊張が走った。
「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬著(早川書房)
二次大戦の参戦国で唯一、ソ連は組織的に女性兵士を投入した。「戦いたいか、死にたいか」。狙撃兵として訓練されたセラフィマ18歳が体験する、独ソ戦の過酷。
2021年に早川書房のアガサ・クリスティー賞で、11回目にして初の全審査員満点を得て、衝撃のデビュー。翌2月にロシアのウクライナ侵攻が勃発し、4月に本屋大賞を受賞した話題作だ。
可愛らしい少女のカバー絵に油断すると、500ページ近く次から次へ、凄惨な戦争シーンが続いて目を覆う。実際、独ソ両国で3000万人は亡くなったと聞けば、呆然とするしかない。しかもセラフィマたちが転戦するスターリングラード(ボルゴグラード)からクルスク、ケーニヒスベルクは、どうしても欧州の現在と重なる。かつて戦争はサイバーと無人兵器でゲームみたいになる、と言った人もいたけど、まったく違うじゃないか。80年をへて、ちっとも変わらない人類の愚かさ。
作中では、今となっては重すぎるウクライナ人コサックやカザフ人の女性兵士が、主人公と生死ギリギリの行動を共にする。また、戦場で出会う民間人の女性たちは、ある者はパルチザンに身を投じ、ある者は蹂躙され、敵兵の愛人となって生き抜く。
なぜ戦うか、誰と戦うか。構図は単純でない。そして実在した天才狙撃手リュドミラ・パヴリチェンコが「頂上の景色」を語るシーンが、いかに残酷で、透徹していることか。
著者は父に歴史学者、姉にロシア文学者をもち、戦史をたどる筆致はなかなかに強靱だ。一方で、女性という存在への思い入れは、決して滑らかでないと感じたけれど、驚くべき第一作であることは間違いない。(2022.8)