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March 21, 2021

クララとお日さま

「ときどきね、クララ、いまみたいな特別な瞬間には、人は幸せと同時に痛みを感じるものなの、すべてを見逃さずにいてくれて嬉しいわ」

「クララとお日さま」カズオ・イシグロ著(早川書房)

期待の6年ぶりの長編で、2017年ノーベル文学賞受賞後の第一作は、「人を思うということ」を描く切ないSFだ。AIを搭載し太陽光で動くロボット、クララの幼い一人称語り。名作「私を離さないで」を超え、クララの「感受性」に胸を締め付けられる。

クララが「親友」となって共に暮すことになる少女ジョジーは、裕福だけど病弱で、読んでいてはらはらする。童話みたいな語り口のなかに、テクノロジーの力で思い通り幸せになれると考える大人たちの傲慢とか、競争社会の格差、妄信と分断とかが容赦なく影を落とす。不穏だなあ。

本作の非凡なところは、そういう現代的な問題設定の先に、とても普遍的に「思いを感じとる」こと、共感することの崇高さを描くところ。クララがジョジーに寄せる信頼と献身は、あらかじめAIに設定された機能では決してない。観察し、分析し、学びとる作業を積み重ねることで、はじめて作用する。ジョジーが淡い恋の相手リックとかわす「吹き出しゲーム」にも、そんな交流がある。

クララの心象風景が、とても映像的で鮮やかだ。未経験のできごとに遭遇したとき、クララの視界がいくつものブロックに分割され、素早く再構築されるシーン。ソファーの背を抱えて、恩寵をもたらすお日さまが沈みゆくのを飽かず眺めているシーン。型落ちゆえに滅びゆく者の、なんといういじらしさ。
ラストは切なすぎてひどい!と思っちゃったけど、これが作家の誠実なのかな。「利他」こそ最高の発明。人類が獲得した貴重な財産をすり減らさないために、何ができるのかと思わずにいられない。土屋政雄訳。(2021.3)

 

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