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February 06, 2021

定価のない本

「要するに、日本人が、日本文化を嫌いになったのだ」

「定価のない本」門井慶喜著(東京創元社)

「家康、江戸を建てる」がよかった直木賞作家の秀作ミステリ。文化をめぐる占領軍との攻防、古書店主たちの心意気が熱い。電子書籍で。
終戦直後の混乱期、神保町で若い古書商が、大量の本に埋もれて亡くなる。果たして事故なのか? 兄貴分の琴岡玄武堂主人・庄治は真相を探り始め…という導入では、苦手の「密室」「本格」かと思いきや、当時の古書マーケット事情を読み解くあたりから、物語がぐんぐん深まっていく。

玄武堂は明治維新前の「古典籍」専門。腕に覚えのある庄治はあえて、専門知識も資金もいる難しいジャンルを選んで成功した。独立した商売人としてのプライドが爽やか。しかし敗戦という未曾有のショックが、完膚なきまでに市場を破壊してしまい、さらにはGHQまでが暗躍して、苦境に陥る。
庄治は無事生きのびるのか、そして日本人は自らの歴史を取り戻せるのか? 古典はただそこにあるのではなく、誰かが意志と知識をもって残すもの、というメッセージが胸に残る。

この小説の主役は、たぶん神保町という町そのもの。研究者やコレクターはもちろん、浄瑠璃の太夫が床本を探しに来たりもする世界有数の古書店集積地だ。昭和21年の白木屋、戦後最初の即売会での「神保町健在なり!」の熱気が目に浮かぶよう。竹柏園文庫だの木簡だの、散りばめられた古書の薀蓄が興味深く、出久根達郎ファンとしてもニヤニヤしちゃう。皮肉っぽい徳富蘇峰、ヘラヘラした「津島修治」が登場するのも楽しい。(2021・2)

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