« November 2020 | Main | January 2021 »

December 20, 2020

失われたいくつかの物の目録

経験は教えている。過去の時代のゴミが考古学者にとって、もっとも雄弁な収集品であることを。

「失われたいくつかの物の目録」ユーディット・シャランスキー著(河出書房新社)

不思議な味わいの短編集だ。1980年旧東独生まれの女性作家が紡ぐ、12の「今はもうないもの」の目録。
19世紀に水没したとされる太平洋ツアナキ島、マンハッタンを歩く老いたグレタ・ガルボ、ある男がスイス南部でプレート1000枚以上をくくりつけた百科事典の森、東ベルリンの共和国宮殿…。エッセイからSFまで、バラバラのテーマ、文体に膨大な教養と細部への情熱がぎっしり詰まっていて、「緒言」からクラクラしちゃう。
コンセプトはヴンダーカンマーだそうで、この「驚異の部屋」とはヨーロッパの貴族や学者が好んだ、世界中の珍奇なものを並べた博物陳列室のこと。存在しないものを精緻に陳列することで、「本」というメディアが持つ、再構築し記憶する力が浮かび上がる。

著者はブックデザイナーでもあり、著書がたびたび「もっとも美しいドイツの本」に選ばれているという。本書も墓碑のような、漆黒に銀の文字が印象的だ。各章の冒頭には黒い厚紙を挟んであり、よく見ると失われた港の風景画など、テーマに沿った絵が浮かび上がる。静謐で雄弁な美意識。どこまで理解しようとするかにもよるけど、読む人を選ぶ本なのは確か。

訳者・細井直子の後書きによると、本書はゲーテ・インスティトゥート(日本を含む90カ国以上でドイツ語教育を推進する政府組織)とメルク社による「ソーシャル・トランスレーティング・プロジェクト」の対象作品。著者本人の注釈やオンラインの意見交換を手掛かりに、ドイツ語圏の文学を訳出する試みで、本作ではアジアとヨーロッパ16言語の訳者が参加したという。文化のパワーを感じます。(2020・12)

« November 2020 | Main | January 2021 »