歴史の教訓
日本が誤った根本にして最大の原因は、憲法体制の脆弱さ、特に「国務と統帥の断絶」である。
「歴史の教訓 『失敗の本質』と国家戦略」兼原信克著(新潮選書)
安倍政権の中枢で、国家安全保障会議や経済班の創設に関わった元外務官僚が、シビリアン・コントロールの要諦を語る。言葉の力を見抜ける人間こそが、本当の大局を見抜ける、という著者の文章は全編、確信に満ちている。
関心は昭和前期の日本がなぜ、道を誤ったか。強い相手と衝突したら、何を譲ってもでも一歩下がり(押しても駄目なら引いてみる)、国家と国民の生存を確保する以外の判断はありえないのに。世界の思想の流れを踏まえ、開戦への歴史を丹念にたどり、シビリアン・コントロールの自壊、そして自由民主という価値で国際社会を味方につける外交戦略の欠如を、容赦なく断罪していく。
もちろん軍事と外交についてはリアリストだ。外交は常に連立方程式であり、世界を敵味方に分けて長期のバランスを構想すべきというくだりが印象深い。また貿易立国とエネルギー安保のため、イデオロギーを排して軍事力による海運の維持を議論せよとも指摘。日露戦争後の第一次帝国国防方針を紹介して、体系的、合理的な安保戦略の必要性も強調する。
今後の方向性については、アジアに自由主義的な国際秩序を創造することこそ日本の国益とし、「自由で開かれたアジア太平洋構想」をあとづける。「全ての勤勉な国民は、いつか必ず産業化に成功して、国力を飛躍的に増大させる」「勃興するアジア諸国の若人は、自分たちの力に誇りをもって気づきつつある。彼らの民主主義と、よりよい生活への渇望は本物である」という展望は、オーソドックスで力強い。
大きな障害となりそうな中国について、中国人は賢明であり、いつか民主化し得ると分析。現時点ではちょっと信じがたいけれども、これが著者ならではの歴史観だろう。その日まで粘り強く外交を展開すべき、なぜなら「核兵器の登場した今日、米中全面戦争や第三次世界大戦はあり得ない。これは政治思想を巡る競争なのである」という言葉は、後輩への激励なのかもしれない。(2020.11)
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