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November 30, 2020

安閑園の食卓

私は、何時に来たお客にもさっと食事が出るという暮らしを、ごく当たり前のように思っていた。

「安閑園の食卓 私の台南物語」辛永清著(集英社文庫)

台湾の上流階級で育った著者による、古き良き暮らしを綴る名エッセイを、友人の勧めで読む。各章の終わりに、豪快な仔豚丸焼きから精進料理までのレシピ付き。電子書籍で。

「吃飽嗎(ツーパオマ)?ご飯は済みましたか?」は単なる挨拶なんだけど、著者の生家では本当に来客があればいつでも食事を勧め、使用人が一通りの品数を供したという。著者は台所で調理の過程を見ているのが好きな子供で、やがて日本に渡ってシングルマザーとなった折、料理を教えて生計を立てることになる。

様々な風習、決まりごとがあるけれど、いわゆる丁寧な暮らしというより、万事おおらかで豊かなのが痛快だ。一家の主婦たるもの、車夫か運転手をお伴に毎日、市場に買い出しに行き、夕食の調理はコック任せでも、最後の味見には責任をもつ。鶏をツブして調理できなければ嫁に出せないと、娘を厳しく躾ける、などなど。

冒頭に登場する宝石売りのおばあさんが、まず面白い。何故か必ず上天気の日に現れ、母や兄嫁たちと2、3時間もおしゃべりに興じる。豪華な宝石の品定め、値段の駆け引き、地域の噂話。そして年頃の男女の釣書を持参していて、縁組をまとめちゃう。セピア色の記憶の愛おしさ。

1986年に文藝春秋から出版、林真理子の絶賛がきっかけで2010年に文庫化。著者は1933年生まれだから、歴史の激動も経験したのだろうけど、そのあたりは深入りしていない。残念ながら2002年に亡くなったそうです。(2020.11)

November 19, 2020

歴史の教訓

日本が誤った根本にして最大の原因は、憲法体制の脆弱さ、特に「国務と統帥の断絶」である。

「歴史の教訓 『失敗の本質』と国家戦略」兼原信克著(新潮選書)

安倍政権の中枢で、国家安全保障会議や経済班の創設に関わった元外務官僚が、シビリアン・コントロールの要諦を語る。言葉の力を見抜ける人間こそが、本当の大局を見抜ける、という著者の文章は全編、確信に満ちている。

関心は昭和前期の日本がなぜ、道を誤ったか。強い相手と衝突したら、何を譲ってもでも一歩下がり(押しても駄目なら引いてみる)、国家と国民の生存を確保する以外の判断はありえないのに。世界の思想の流れを踏まえ、開戦への歴史を丹念にたどり、シビリアン・コントロールの自壊、そして自由民主という価値で国際社会を味方につける外交戦略の欠如を、容赦なく断罪していく。

もちろん軍事と外交についてはリアリストだ。外交は常に連立方程式であり、世界を敵味方に分けて長期のバランスを構想すべきというくだりが印象深い。また貿易立国とエネルギー安保のため、イデオロギーを排して軍事力による海運の維持を議論せよとも指摘。日露戦争後の第一次帝国国防方針を紹介して、体系的、合理的な安保戦略の必要性も強調する。

今後の方向性については、アジアに自由主義的な国際秩序を創造することこそ日本の国益とし、「自由で開かれたアジア太平洋構想」をあとづける。「全ての勤勉な国民は、いつか必ず産業化に成功して、国力を飛躍的に増大させる」「勃興するアジア諸国の若人は、自分たちの力に誇りをもって気づきつつある。彼らの民主主義と、よりよい生活への渇望は本物である」という展望は、オーソドックスで力強い。

大きな障害となりそうな中国について、中国人は賢明であり、いつか民主化し得ると分析。現時点ではちょっと信じがたいけれども、これが著者ならではの歴史観だろう。その日まで粘り強く外交を展開すべき、なぜなら「核兵器の登場した今日、米中全面戦争や第三次世界大戦はあり得ない。これは政治思想を巡る競争なのである」という言葉は、後輩への激励なのかもしれない。(2020.11)

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