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June 20, 2020

邂逅の森

確かにこの猟場(クラ)には山の神様がいる。そして、どの頃合いで姿を現してみせようかと、山の神様自身が、何だろうーーそう、楽しんでいる……。

「邂逅の森」熊谷達也著(文春文庫)

大正から昭和初期、秋田県阿仁町の小作農のせがれに生まれたマタギ・松橋富治の半生を描く。というだけの予備知識で、ひたすら獣を追う狩猟小説のイメージでいたら、どうしてどうして。若き富治はあろうことか地主の一人娘に手を出して村を追われ、小沢銅山に身を投じるはめになり、波乱の人生を歩む。
富治をはじめ仲間の面々や、娼妓あがりの女ら、登場する人物はみな貧しさと闘い、むき出しの欲望と闘う。実に人間こそが獣。しかも富治の造形が格好いい。マタギとしても鉱夫としても腕がよく、男気満点、これじゃあ女にも男にもモテるはずです。もちろん、モテるせいで様々な悶着が起きちゃう。
極めて泥臭い人間たちの紆余曲折があるからこそ、終盤、舞台が山に戻ってからの、峻厳な自然との対峙が美しい。矜持と畏敬、そして大切なもののために何としてでも闘い抜くという、壮絶な気力。
背景にある門外不出の呪文を営々と守るマタギの風習やら、富山の薬売り、鉱山労働者の互助組織である友子同盟の仕組みやらも興味津々。明治期、日本が軍事力をつけるに従い、鉱山の産物や軍用の毛皮が高騰するといった歴史も面白くて、一気読みでした。
1958年生まれの作家による、2004年直木賞、山本周五郎賞受賞作。ダブル受賞は初だったとか。直木賞は「空中ブランコ」と同時だったんですね。絶賛の解説は、直木賞選考委員を務めた田辺聖子。(2020.6)

 

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