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May 17, 2020

やわらかな兄 征爾

征爾はとにかく「当たってくだけろ」主義で、桐朋の学生のころはよく日比谷公会堂のコンサートに切符がなくても通っていた。

「やわらかな兄 征爾」小澤幹雄著(光文社知恵の森文庫)

実弟で俳優の著者、愛称「ポン」さんが、やんちゃで涙もろいマエストロの横顔をつづったエッセー集。1985年の出版で、あとがきのみ2019年執筆。自分がたしなむ落語のこととか、内容は気ままなんだけど、家族ならではの温かさが心地いい。
渡欧し破竹の勢いで世に出ていくところとか、その後の贅沢で華麗な日常も面白いけれど、少年時代、貧しい日常の中で周囲がその才能を見出してくさまが感動的だ。なにしろ上の兄2人が言い出して、親戚のピアノを譲ってもらい、リアカーに載せて、2日がかりで40キロ運んだのだから。
オザワが指揮を学ぶようになってからは、チケットもないのにめぼしい来日コンサートなどの演奏会にたびたび潜り込み、切符売り場のおばさんに顔を覚えられちゃったらしい。おばさんの「明るくて、憎めない人だったねえ」というコメントは、ちょっと出来すぎだけど、さもありなんと思わせる。
ご兄弟はよく似ていて、私もホワイエでお見かけしたことがある。行間に愛嬌が漂うのも、共通項というか、大陸的ということなのかもしれない。(2020年5月)

May 08, 2020

郝景芳短篇集

宇宙エレベーターは空の見えない高みに伸びていた。底部の微弱な揺れが曲線の浮動と化し、空中にねじれた龍の姿を描いた。

「郝景芳(ハオ・ジンファン)短篇集」(郝景芳著)白水社エクス・リブリス

2016年ヒューゴー賞受賞の「北京 折りたたみの都市」を含む、中国人作家によるSF短篇集。視覚的なイメージが独創的、かつスケールが大きくて、読む者をとらえる。
特に「折りたたみの都市」の舞台装置が、強烈で意表を突く。なにしろ首都を三層に分けて日々ローテーションで活動させ、活動していないエリアは物理的に折りたたんんじゃうのだから。映画にこんな特殊効果シーンがあった気がするけど、その上を行く。個人的には「弦の調べ」のほうが好みかな。キリマンジャロの麓に鳴り響くブラームスの調べ、天空に伸びる「5千メートルの竪琴」が共鳴し、やがて制御不能になっていく…。なんと雄大で美しくて、絶望的なことか。

物語には現代社会の不安や矛盾を思わせる設定が多い。格差、技術革新による人間疎外、SNS依存。「弦の調べ」の、謎の「鋼鉄人」が支配する社会の息苦しさなんて、体制ににらまれそうな気がするけど、著者が問答無用のエリートだから許されるのかな。
ハオは1984年天津生まれで、清華大大学院で天体物理学を専攻、博士課程では経済学に転じ、マクロ経済研究のかたわら執筆しているという。才女過ぎ。さりげない引用も、中国のシェイクスピア・湯顕祖の「牡丹亭」、ドイツの思想家ヘルダーリンから、ヘミングウェイまで知的です。

ただ、読後感は意外にロマンティック。頭でっかちな社会問題への怒りというよりも、ありふれた愛情が実は本人も気づかないほど深く、死をも超越していく、といったドラマが心に残る。若い学生がただただ論文の〆切に追い詰められるという、「先延ばし症候群」のような茶目っ気も。及川茜訳。(2020・5)

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