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November 21, 2019

これは半二ならではの大法螺や。まったく、どんだけ大法螺吹きなんや。こんなもん頭んなかに抱えて、半二は生きてんのやな、生きてきたんやな。ほんま、けったいなやっちゃ

「渦 妹背山女庭訓 魂結び」大島真寿美著(文藝春秋)

2019年上半期の直木賞受賞作。こちらは上方言葉で描く人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯だ。
半二は門左衛門に弟子入りしたわけではなく、儒学者で大の浄瑠璃ファンの父の影響で劇作にのめり込んだ。やがて宝暦・明和期に、今も頻繁に上演される名作「本朝廿四孝」や「妹背山女庭訓」などを書いて、竹本座全盛期を築いていく。絶筆は「伊賀越道中双六」。

古典芸能を鑑賞する楽しみの一つに、ジャンルを超えたイメージの広がり、豊かさがある。同じような題材が、端正な能・狂言にあったり、音楽&人形劇の文楽、役者と舞踊の歌舞伎、さらに語りの落語や講談にあったりする。浮世絵には芝居のチラシやプロマイドもある。練りに練られて現代に生き残ってきた題材には独特の吸引力があるし、ジャンルそれぞれの魅力を比較しつつ堪能できる。
ということは綿々と、題材の吸引力にとらわれてきた作者、演出家、演者たちがいたわけで、その執念が、本書にいう道頓堀の「渦」なのだろう。本作は半二の評伝というだけでなく、劇作の「渦」に身を投じたあらゆる舞台関係者の思いを感じさせる。

終盤に「妹背山」の登場人物・お三輪が、生き生きと語り始めちゃうあたりが面白かった。「妹背山」では、王朝物らしくドラマチックな「山の段」という大きな見せ場の後で、いきなり下町娘のお三輪が出てくるので、何度観ても違和感を覚える。ところがこのお三輪が、浅はかな片思い、身も蓋もないいじめ、悲壮な自己犠牲と、がんがん暴走して、大詰めでは天下を揺るがす悪党もくってしまうのだ。観る者の脳内で、荒唐無稽な劇世界と現実とを結びつけ、渾然一体とする強引さが、小説にも入り込んでいる感じ。これぞ半二マジックというべきか。また劇場に足を運ぶ楽しみが増えたかも。電子書籍で。(2019.11)

 

 

 

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