歴史を考えるヒント
現在も使われている実務的な言葉や商業用語が翻訳語でないということは、江戸時代の社会が商業取引に関しては極めて高度な発達を遂げ、現在でも十分通用する言葉を生み出していたことを示しているのではないでしょうか。
「歴史を考えるヒント」網野善彦著(新潮文庫)
中世史の大家が、史料の「言葉」に現在の意味をあてはめてしまう危険性を説き、常識に疑問を投げかける。1997年の新潮社主催の連続講座をベースに、2001年に刊行したもので、200ページほどとコンパクトだし、話し言葉で読みやすい。2000年に肺癌の手術を受けながら、雑誌連載を続けたせいか、自らの思想を切々と語る趣も。
実は中沢新一のおじさん、ぐらいの認識で、有名な「網野史観」の予備知識もなく読んだ。「日本」という国号にこめられた当時の支配層の意図から説き起こして、国や民族のかたちを丁寧に追う。
日本社会は農業が主軸だったと思いがちだけれど、「百姓」は必ずしも農民ではないとか、早くも後醍醐天皇が貨幣流通に熱心だったとか、商工業の成り立ちに注目しているのが興味深い。世俗の縁を断ち切った「無縁」が市場となり、職能者や芸能や都市につながっていく、という認識もダイナミック。左派とくくってしまえばそれまでだけど、時代の節目に、日本について考える1冊。(2019・6)
« マスカレード・イブ | Main | もし僕らのことばがウィスキーであったなら »
Comments