愛蘭土紀行
どうやら、アイルランド的な性格というのは、そのまま演劇になる。
「街道をゆく 愛蘭土紀行Ⅰ Ⅱ」司馬遼太郎著(朝日文庫)
2019年のテーマをアイルランドと決めて、手始めに読んでみた。1987年から88年に週刊朝日で連載された紀行の文庫版。シリーズ全43巻のうち海外渡航はけっこうあるが、中国などアジア、南蛮のフランス、スペイン、オランダはわかるとして、ニューヨーク、そしてアイルランドに行っているのは意外だった。どうやら著者のアイルランドへの関心は、人口わずか数百万の島が、イェイツ、ジョイスら多くの著名作家を生んだあたりにあるようだ。
もっとも冒頭の4分の1強は隣の英国にいる。なるほど、英国支配との関係を踏まえなければ、アイルランドは語れない。連載で繰り返される「まだロンドンにいる」という書き出しが可笑しい。
英国支配といっても、声高に歴史の悲惨や理不尽を論じたりしないのが、この著者の魅力的なところ。古今のゆかりの人物、そのエピソードを自在に駆使して、英国の高慢と、アイルランドのお国柄に近づいていく。例えばロンドンの端正さは心地よいけれど、この都市に滞在したあいだ、漱石は鬱気味になってしまう、とか。あふれんばかりの知識量と軽妙な筆致にひきこまれる。
ではアイルランドのお国柄とは何か? いよいよ対岸へ船で渡るべく、リバプールに着くと、そこは言わずとしれたビートルズの故郷。メンバーのうち3人はアイルランド系だ。著者は「音響がにが手」でロックを聴かないものの、彼らの毒のあるユーモア精神に、アイルランド気質をみる。例えば米国公演の記者会見で、意地悪にも「ベートーヴェンをどう思う?」と問われたとき。リンゴは「いいね」と大きくうなずき、「とにかくかれの詩がね」。この見事な切り返し。
彼の国の、山脈のような巨匠作家たちを読みこなす自信はなくても、本作でスカーレット・オハラやダーティー・ハリーもアイルランド系と知れば、その個性についてなんとなくイメージが湧いてくる。一本道の進歩とか発展とかからちょっとずれたところにいるような、饒舌と、幻想と、不屈。
ダブリンの街角からゴールウェイへの長いドライブ、そして酒場の時間。著者がアイルランドの旅を楽しんでいる感じは、正直あんまりしないんだけど、空気に浸ることはできる。アイルランドという土地の何が大作家を生んだのか、は探索を続ける必要がありそうかな。(2019・3)
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