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December 28, 2018

1964東京五輪聖火空輸作戦

今日びの殺伐とした状況を考えると、「たかが火一本」を運んでくることに大勢の人々が一喜一憂し、持ち込む側も特別な意図を持たず、迎える国々も諸手を挙げて大歓迎するという光景は、まことに驚くべきことに思える。

「1964東京五輪聖火空輸作戦」夫馬信一著(原書房)
2020年の東京五輪までいよいよ1年半。前の五輪を振り返る良書は数あれど、聖火の空輸のみに絞ったノンフィクションというのは異色ではないだろうか。物流関連の業界紙記者といった経歴をもつ著者ならではの、マニアな内容だ。実際、読んでみると、知らなかったエピソードがたくさん。なによりメールもネットも無い時代に、ギリシャを発って約20日間、12都市に立ち寄り、いちいち歓迎式典やリレーを実施しつつ極東へ至るという、国外リレーの構想自体がなんとも気宇壮大だ。
2008年北京オリンピックで、5大陸130日間のリレーが各地で抗議行動を引き起こし、IOCが主催国外でのリレーを禁じたということも、初めて知った。敗戦から20年もたたない国が、戦後一気に発達した航空という手段を駆使して、ユーラシアでのリレーを敢行した事実が、今振り返ってもいかに画期的だったか。
当事者はもう亡くなっているかたが多いから、著者は当時の新聞記事や社内報や議事録などを丹念に掘り起こし、わからないことはわからないと率直に綴っている。遺族の協力で、私物の写真やら晩餐会の招待状やら貴重な資料の写真もぎっしり。図版は330点以上、いやー、近頃の紙の本は重いです。
そうして描き出されるプロジェクトの過程は、まさに紆余曲折だ。50数年前の国際情勢や、日本が置かれた位置というものを思い知らされる。
1961年には日産自動車のバックアップで、陸路踏査という無茶なプロジェクトが敢行されたが、ソ連の受け入れ拒否だの、ガンジス川氾濫だの、反政府ゲリラだのに直面する。空路以外にない、との結論に至ってからも、機種選定などが難航。暗黙のうちに、日本航空界の復活を象徴する初の国産中型機YS-11への期待が高まり、開発の遅れでいったん国外での起用は消滅したものの、ぎりぎりラストスパートで国内リレーに滑り込む。まさにドラマです。
本番の「国外ゴール」「国内スタート」は、復帰10年前の沖縄。米国統治下でも日本体育協会に加盟していたんですね。その展開がまた、ハラハラドキドキと同時に、何か複雑な思いを抱かせる。米国との調整など苦労を重ねて準備したのに、直前の香港を台風が直撃し、沖縄でのリレー実施が危ぶまれる事態となるのだ。史上初のアジア、しかも敗戦国日本で開催する五輪がはらんでいた、現代史の重み。
五輪ではリレー空輸だけとっても、今では無名といっていい、大勢の関係者が奮闘した。空輸派遣団の中心人物が、過労から本番中に左目を失明するという衝撃の事実も。いくらでも大仰な感動物語にできそうだけど、著者はむしろ淡々と、しかし温かい目線で描いている。個性的なつわものたちと、地道な現場力。ありがちなBGMを鳴らさず、装飾を抑制したマニアっぽい筆致が好ましい。
五輪というイベントが内外の政治や紛争や、巨額のマネーが動くビジネスに彩られていることを、誰もが知っている。ただ感動してはいられない。それでも何故か、希望を感じさせる。不思議だなあ。航空技術監修は東大教授の鈴木真二。(2018・12)

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