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August 26, 2018

サウスバウンド

家族のいる心強さに、二郎は胸が熱くなった。もう一杯御飯を食べたくなった。ひもじい思いさえしなくていいのなら、家族がいる限り、どこだって住めば都だ。

「サウスバウンド」奥田英朗著(角川書店)
積読発掘の続きで、手練の2005年作を読む。爽やかな成長と家族の物語。読めば必ず沖縄に行きたくなる。
主人公は小6男子の二郎。育ち盛りでお腹が減って仕方がない。自称作家の父・一郎は家でぶらぶらし、税金も社会保険料も払わない変わり者。実はかつて、名のしれた左翼の活動家だった。二郎は父に振り回され、散々な目にあいながらも、その自由・独立を求め、軋轢を恐れない強烈な個性を理解し、肯定していく。
子供が語り手の小説って、時に可愛い過ぎてちょっと苦手なんだけど、二郎のキャラはさほど無理なくヒネていて、さすがリーダビリティが高い。何より登場人物一人ひとりが、なんともチャーミングだ。
前半の「KADOKAWAミステリ」連載に加筆修正した東京編は、地元に近い中野が舞台。二郎は不良中学生カツに目をつけられ、苦境に陥る。ともに戦う親友たち、そしてカツのパシリの黒木との間に芽生える友情が泣かせる。沖縄の風を運んでくる居候、アキラおじさんの運命も切ない。
後半は一転、単行本書き下ろしの沖縄編だ。アキラおじさんが起こした事件をきっかけに、一家は故郷・西表島の、なんと水道も電気もない廃村に移り住む。しかし恐るべしユイマール。頼まなくても周りがどんどん、物資や食料を譲ってくれる。とことん親切で、とことん傍若無人な住民たちの言動には、ニヤニヤせずにいられない。
そんな平和な南の島でも、一郎は相変わらずトラブルメーカーで、本土のリゾート企業に激しく反発する。母・さくらのきっぷの良さ、そしてクライマックスを盛り上げる激しい雨の演出が素晴らしい。幕切れで種明かしのように、一郎のルーツとされる15世紀末の豪族・アカハチの言い伝えが語られるのも重厚だ。2007年に映画化。(2018・8)

August 14, 2018

蒲公英草紙 常野物語

今はどこに何があるか分かっているのに、そのことがますます我々を不安にさせ、心配事を増やしている

「蒲公英草紙 常野物語」恩田陸著(集英社)
積読の山から発掘した、2005年刊行の「常野」シリーズ3作の2作目。…という基礎知識無しに読み始めたけど、一気に引き込まれた。
舞台は明治期の東北、阿武隈川沿いの農村。語り手の女性、峰子が回想する、故郷の四季がまず美しい。心優しい少女時代の峰子は、病弱なお嬢さま、聡子の話し相手として、地域のリーダーである地主の屋敷に通うようになる。聡明な聡子との娘らしい友情、きらめく感性や、屋敷に出入りする個性的な人々との温かい交流が、心地よく胸に染みる。慈愛に満ちた地主の夫妻、やんちゃでチャーミングな次男、洒落者の洋画家、苦悩する若き仏師。彼らがかわす会話がまた知的で味わい深い。
内容はファンタジーで、ある年、「常野(とこの)」と呼ばれる流浪の一家が地主邸に滞在し、謎の超常能力を発揮する。しかし常野は主役というより、人々の意識を動かす触媒のような存在となっている。時は日露戦争前夜。平穏な地方の村にも、世界の一流国を目指す日本の熱気と、そんな世相に対する獏とした不安が迫り来る。
終盤、村を襲う大水のスペクタクルは、手に汗握ると同時に、今も繰り返す自然災害の猛威を思わせて切ない。悲劇は時代の奔流と重なっていき、登場人物たちが運命を引き受け、すべき役割を果たすという覚悟につながっていく。250ページと、決して分厚い本ではないけれど、描かれるイメージは重層的だ。
なんといっても見事なのはラスト2ページで、回想している峰子の現在が明らかになり、深い余韻を残す。今、若い世代が読むべき一冊なのかもしれない。(2018・8)

August 07, 2018

この落語家を聴け!

「落語ブーム」という言葉には、もう用は無い。落語は常にそこにある。ただ「客が呼べる噺家がいるかどうか」だけの問題だ。

「この落語家を聴け!」広瀬和生著(アスペクト)
自宅の積読の山から、2008年の話題本を今更ながら。この時点の「いま、観ておきたい噺家51人」の紹介なので、立川談志、柳家喜多八が登場するのがなんとも切ない。しかし2007年「ほぼ日寄席」の立川志の輔あたりから落語を面白いと思い、談春、市馬、喬太郎…と聴いてきた軽めのファンとしては、いわば歴史の証言を面白く読んだ。
先日の落語会で、後ろの席の観客が前方に金髪の男性を見つけ、噂していたのがまさに著者。本業はハードロック・ヘビメタ雑誌の編集長だけど、落語評論家としても本書でブレイク、今や落語会のプロデュースも手がけているという。ほぼ毎日高座に接し、DVDなども細かくチェックしているらしく、そのマニアックな知識量に圧倒される。とはいえ落語を今の時代に生きる、開かれたエンタテインメントとする主張には、多くの人が共感するはずだ。
本書では演者一人ひとりの持つキャラクター、技術、何よりギャグや演出の工夫による独自性を高く評価し、熱く語っている。登場する噺家たちが、その後も着実に進化し続け、さらには一之輔ら新たな真打、二つ目にも人気者が現れている落語シーン。本書の予言がしっかり実現しているといえそう。
個人的は、未体験の噺家さんや演目も盛りだくさん。お楽しみはこれからだ。(2018・8)

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