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May 19, 2018

冷血

わたしは父を愛していましたが、父に抱いた愛や思いが廃水のように心から流れだしてしまうことがしばしばありました。

「冷血」トルーマン・カポーティ著(新潮文庫)
1959年カンザスの農場で起きた一家惨殺事件を、5年余りの膨大な取材をもとに描いた、あまりに有名な「ノンフィクション・ノヴェル」を読む。加害者たちはなぜこの不可解な事件を起こすに至ったのか。
加害者の不幸な生い立ちに対するシンパシーと、労作を世に出したいという職業作家の欲。議論を呼んできた、書き手が抱える矛盾というテーマは、今も古びていない。日本でいえば佐野眞一に通じるだろうか。
事件は恨みや金品目当てでは説明できず、不気味で不可解だ。結論を急がず、膨大な情報を積み重ねて迫っていく書き手の情熱は凄まじい。
地域の名士だった被害者一家の温かさ。地域住民の不安と、捜査当局の苦悩。対照的に、あまりにデタラメな加害者の軌跡。事件の不可解さの割に拍子抜けするほど単純とも思える。どこかで引き返すことはできなかったのか。特に逮捕につながる重要証言で、一度は自由の身になった受刑者がまた、罪を犯すという事実がやりきれない。佐々田雅子による2005年の新訳。(2018・6)

May 12, 2018

安井かずみがいた時代

背伸びは大切なことだけれど、どんなに背伸びしたって安井さんに敵うはずもないんだもの。
「安井かずみがいた時代」島崎今日子著(集英社文庫)
「危険なふたり」「古い日記」「よろしく哀愁」…。1970年代歌謡曲黄金期のヒット作詞家、安井かずみ。その伝説を、彼女を知る26人の証言で綴る。アバンギャルドなクリエーターから、センス抜群のセレブ妻へ、語り手によって違って見える素顔。女性の人物ものでは定評がある著者が、単なる評伝ではなく、「時代が安井に求めたもの」を描きだす。
若かりし頃のプロフィールはあまりにまばゆい。1939年生まれ、フェリス女学院、文化学院卒。フランス語ができて、「キャンティ」に入り浸り、ニューヨークやパリや、プール付きの「川口アパートメント」に住む。若い女性が伸び伸びと、その感性を発揮し始めたころ。加賀まりこ、コシノジュンコ、森瑤子、かまやつひろし…と、交友もなんとも華やかだ。なんと林真理子が、遠くから眩しく見ていたというから凄い。
1977年に8歳年下のトノバンこと加藤和彦と再婚してからは一転、夫婦連れ立って世界のグルメやリゾートを満喫し、ゆとりと豊かさの象徴に。どこか無理をしているような影を抱えつつ、1994年、肺がんにより55歳で死去。献身的に安井を看病した加藤は、早すぎる再々婚、離婚で周囲を驚かせたのち、2009年に自ら死を選んでしまう。
時代の先端を走る、たとえ辛くても、走らずにはいられない才能というものがある。「今となってはすべてがいい思い出。うん、とても素敵な人達でしたよ」。安井をはじめ、多くのアーティストの庇護者であった渡邉美佐の言葉が、胸に響く。
2010年から2012年に「婦人画報」で連載、2013年単行本化にあたり加筆された。(2018・5)

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