世界をまどわせた地図
最終的にこの島が存在しないことが確認されたのは2012年11月で、最初の「目撃」から実に136年もの時間が経っていた(グーグルマップの登場から数えても丸7年が経っていた)。
「世界をまどわせた地図」エドワード・ブルック=ヒッチング著(日経ナショナルジオグラフィック社)
ネット書店から届いてみて、重さにびっくり。上質な紙を使い、B5判250ページに、数世紀にわたる美しい地図の図版が、ぎっしり詰め込まれている。それが揃いも揃って、誤解と幻想が生んだデタラメな地形なのだから、面白くないわけがない。
著者はロンドンの古地図愛好家。聞いただけで、いかにも凝り性な印象だ。期待に違わず、博覧強記ぶりがもの凄い。かつて堂々と地図に記されたものの、今は存在しないとわかっている島やら海峡やら山脈やらを、1項目2~4ページのハイスピードでどんどん紹介していく。
しかもABC順なので、年代や場所はランダムだ。実は本物の地形に詳しくない地域が少なくなく、時として解説は物足りないけれど、次々現れる虚偽の地図を眺めるうち、人間の夢見る力と愚かさとに圧倒される。
初めてお目にかかる「幻島」という単語が、頻繁に登場。大航海時代、西欧の船乗りたちが不確かな島かげの情報をもたらし、後続の冒険航海を引き起こしていく。それは利権と名声を求め、次の航海の資金集めを目論んだ、たちの悪いフェイクだったこともある。あるいは何日も何日も大海原をいく辛い旅程のなかで、陸地を見たいという切実な願いがもたらした、蜃気楼だったこともある。
真実が明らかになってしまえば、荒唐無稽としかいいようがない。だが未知の世界を思い描く人の営みは、今も変わらず、テクノロジーや社会を動かしているはずだ。「発見」した土地で先住民をひどい目に遭わせたといった、負の歴史も語られている。古地図から見えてくる物語の、なんと分厚いことか。
慣用句「リヴィングストン博士でいらっしゃいますか?(Dr. Livingstone, I presume?)」の語源など、ドラマチックなネタが満載。労作の訳は関谷冬華、日本語版監修は地理教育が専門の井田仁康筑波大教授。(2018・3)
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