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January 27, 2018

SHOE DOG

寝てはいけない夜がある。自分の最も望むものがその時やってくる。

「SHOE DOG. 靴にすべてを。」フィル・ナイト 著(東洋経済)

ナイキ創業者の疾風怒濤の起業家人生。危機また危機の、リアル「陸王」だ。
60年代、オレゴン大学の陸上選手だった若者が世界一周の旅に出て、日本製シューズと出会い、輸入販売のビジネスに踏み出す。それから約20年。常に綱渡りの資金繰り、取引先との訴訟、新製品のリコール。日本の中小企業と変わらず何度も追い詰められながらも、世界ブランドを築き上げ、上場を成し遂げる。ハラハラドキドキ、面白すぎて550ページ弱を一気読み。

間違いなくナイトは聖人君子ではない。無茶なはったりやら、勝手な人事やらも赤裸々。おそらく記述には、一方的な言い分も含まれるだろう。
それでも散りばめられたユーモアと、苦しいときほど、むくむくと頭をもたげる闘争心が、なんとも痛快だ。ウィンブルドンで「気が荒いから近づかないでください」と忠告され、たちまち魅せられたというプレーヤーが、当時まだハイスクールの学生だったマッケンロー、という逸話が洒落ている。
これがオレゴン魂というものか。やんちゃ揃いの幹部たちとの冒険の果てに、自分のしていることは単なるビジネスではなく、創造なんだ、と宣言するくだりが感動的。「単に生きるだけでなく、他人がより充実した人生を送る手助けをするのだ。もしそうすることをビジネスを呼ぶならば、私をビジネスマンと呼んでくれて結構だ」。格好いいなあ。

日本との縁が深いのも興味深い。シューズビジネスへの道を拓いたオニツカ(現アシックス)とは結局、激しく争うことになってしまった。一方で、危機を救ったのは日商岩井(現双日)の商社マンの慧眼。いまアシックスの経営者が双日出身というのも運命の不思議かも。ドライブ感満載の名訳は大田黒奉之。(2018・2)

January 06, 2018

忘れられた巨人

分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?

「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ著(ハヤカワ文庫)

名作「わたしを離さないで」から10年ぶりの長編を、2017年ノーベル文学賞受賞で繰り上げ発売された文庫で。設定は意表をついて、6世紀ごろイングランドを舞台にしたファンタジーだ。鬼や竜や妖精が跋扈する山谷を、ブリトン人の老夫婦が息子を訪ねて旅をし、騎士のクエリグ(雌竜)退治に立ち会うことになる。

もちろん単なる冒険談ではない。テーマは共同体の記憶。登場人物はなぜか記憶を長く保てなくなっており、老夫婦はそのことを訝しく思っている。
舞台はケルト系の土着民族ブリトン人の土地に、大陸からサクソン人が侵入して争った後。ブリトンを率いた伝説のアーサー王も、すでに亡くなっている。両者は和解し、一見平穏となった社会。しかし都合のいい忘却、それでも消え去らない敵意という闇が横たわっているのだ。

旧東欧あたりを観光すると、暴力など負の遺跡がしっかり残されていて戸惑うことがある。報復の連鎖を断ち切るため、前を向くことは大事。戦後ニッポンは忘却によって、豊かで自由な社会を築いたとも言えるだろう。しかし果たして過去を水に流すことは、本当に可能なのか。霧ですべてを曖昧にするクエリグを倒すことが、果たして幸せなのか?
テーマは民族、国家から夫婦関係まで、普遍的なものだ。世代交代で戦乱の記憶が薄れると、次の戦乱が引き起こされるという説が、どうしても思い出される。作家は2006年のユーゴスラビア解体と泥沼の紛争あたりからずっと、このテーマを意識していたという。長く考え続けるという精神の強靭さにこそ、信頼が宿るのだなあ。

ひとり語りだったりSFだったり、テーマに合わせてぴったりの形式を追求する手法に驚かされる。それにしてもファンタジーというのは意外。慣れてない私にはちょっと読みにくかったけど、ジャンルを超える職人芸ですねえ。失われた記憶のモヤモヤが読み手を引っ張る。
そして形式が変わっても、恐れを知らない若者と、いろんなものを抱えている老人の対比、そして取り返しのつかない人生を遠くみやる、苦い静謐は常に共通している。老妻が渡る島は、彼岸なのか。切ないなあ。(2018・1)

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