住友銀行秘史
「もし」という仮定は不毛だが、今でも考えることがある。
あのとき、住友銀行がイトマンの会社更生法を申し立てていたとしたら。その後の日本の金融史は大きく変わり、改革が早まって、「失われた10年」もなかったのではなかろうかと。
「住友銀行秘史」國重惇史著(講談社)
世界銀行が毎年公表している「doing business index(ビジネス環境ランキング)2017」で、日本は32位にとどまっている。起業のしやすさ、資金調達などで遅れをとっているためだが、実は世界2位を誇る項目もある。「破綻処理」だ。この評価に至るきっかけのひとつが、もしかしたらイトマン事件だったのかもしれない。
本書は1990年から91年にかけて表面化した歴史的経済事件について、当時メーンバンクの部長で、監督官庁やメディアに内部告発を送った著者が、関係者の実名入りで舞台裏を記し、2016年に話題となったノンフィクションだ。
舞台は大阪の中堅商社イトマンから、収益が見込めない不動産開発や美術品取引を通じて、巨額の資金が闇社会に流れた背任事件。バブル崩壊の象徴のひとつであるとともに、経済団体副会長などを歴任した大物銀行トップの転落が衝撃だった。
本書では事件の構造、特に引き出された資金が一体どこに流れたのか、などの大きな謎は明らかにしていない。まあ、これは先行する著作があるのだろう。むしろ焦点は、経営を揺るがす損失と不正の存在を認識したあとの、銀行内部の暗闘にある。
メーンは当時、著者が手帳につけていたというメモの再録。記憶に頼って補足しており、改めて裏付けをとったわけではなさそうで、ところどころ曖昧な印象がある。検察の動きなど、著者が把握していなかったキーファクターも多い。しかしエリート銀行マンたちの言動の記述がなんとも赤裸々で、異様な迫力を示す。
誰がいつ、どう責任をとり、誰が生き残るのか。そのために誰と誰が、いつどこで会い、何を話したか。著者が銀行幹部はもちろん、有力OBから秘書、社用車の運転手たちまで、ネットワークを駆使して同僚の動きを探るさまはすさまじい。
結局イトマンは、ドラスチックに膿を出す更生法には至らなかった。背景には、金融システム維持を優先する行政の意向があったという。あれから20年以上。膨大なコストをかけて、日本のメーンバンクや企業救済の姿がかなり変わってきた点は、感慨深い。では、危機に瀕した組織の、保身の構図は変わっているのだろうか。読み終わって、なんだか空疎な気持ちが残る1冊だ。(2017・1)
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