« August 2016 | Main | October 2016 »

September 25, 2016

親が倒れた日から、いつかくる…その日まで。

自分が驕っているから、腹が立つのかもしれない。そう思いながら、何度もクールダウンしていました。

「親が倒れた日から、いつかくる…その日まで。 かぶらぎさん家のケース」かぶらぎみなこ著(TOブックス)

69歳の父が突然、脳梗塞で倒れてから5年間の家族の苦闘を、同居する長女のイラストレーターが綴ったコミックエッセイ。介護の体験記は数多く、かえってあまり読まずにきたけれど、知人に勧められて手にとった。本業の可愛いイラストと、簡潔な文が読みやすい。

お父さまの病状はかなり厳しくて、もともと持病で長年、透析を受けているうえ、脳梗塞の後遺症が加わる。緊急入院、自宅のリフォーム、自宅での世話、様々な介護サービスの利用…と、怒涛のような目の前の事態に、手探りで次々に対応していく日々だ。
それでも辛さの吐露は最低限。読者の参考になるようにと、具体的な実務をテキパキ語る。そしてどんなシーンにも、少しのユーモアが滲み、著者の人柄が感じられる。

ブログをまとめたもので、発刊の2015年春には、74歳になったお父さまは入院中。けれど読み終わってブログをのぞいてみると、2016年6月に亡くなられ、更新が止まっていました。最後まできめ細かな記述。ご本人もご家族も、本当にお疲れさまでした… (2016・9)

September 17, 2016

あなたが消えた夜に

人の何かに触れる時、いつもそれは漂うように自分の中に残り、気持ちが微かにざわついていく。車に乗り、シートに身体をあずける。彼女が自分の孤独の中に帰っていく。そして僕も。

「あなたが消えた夜に」中村文則著(毎日新聞出版)

暗い。ものすごく暗くて、初出がほぼ1年にわたる新聞連載というのが信じられないくらいだ。でも、なぜかどんどん読み進んでしまう。

分類すれば警察小説。刑事の1人称語りで、第一部では無差別な通り魔”コートの男”事件を追い、第二部では衝撃的な連続殺人を明らかにしていく。そして第三部が犯人の手記。
とにかく損なわれた人物ばかりが次々に登場する。被害者も、加害者も、加害者を追う刑事たちも。まともな組織人は輪郭がぼやけて、名前さえさだかでない存在として扱われる。
損なわれ方に共通項があって、互いに共鳴し合い、どんどん歪んでいくのが、なんともやりきれない。孤独、虐待、依存、嗜癖、洗脳、独占欲、喪失、復讐、罪の意識…。決して猟奇的過ぎるわけではないのだが、思わず目を背けたくなるような狭くて息苦しい世界。しかも真相はやぶの中だ。

たぶん世の中は綺麗ごとじゃない。理不尽な不幸は日常にごろごろしている。では果たして人間は、何があれば引き返すことができるのか。少なくとも宗教や医療ではないということか。
ラストの3人称シーンに救いがほのめかされるけれど、行く末は不透明だろう。重いテーマ、複雑な人間関係を、ずうっと考え続ける著者のタフさに舌を巻く。

若い刑事コンビ、所轄の中島と、相棒になる捜査一課の小橋さんのやり取りが、暗い道程にぽつぽつと灯りをともすようで、ストーリーを引っ張っていく。2人は人間の闇を理解するだけに、なんとか食い止めよう、踏みとどまらせようと、誠実にもがいている。
特に天然で、空気を読まない小橋さんの発言が、実にいい味。ふだん素っ頓狂なだけに、2人が張り込み中、ついに抱えている秘密を語り合うシーンが胸に響く。「全部見せてしまえる存在」というものの、かけがえのなさ。(2016・9)

September 06, 2016

忠臣蔵とは何か

歌舞伎役者は赤穂の浪士に扮するときなぜ火事装束を着ることにしたのか。これはおもしろい問題だ。

「忠臣蔵とは何か」丸谷才一著(講談社文芸文庫)

言わずと知れた才人作家の、1985年発表の文芸評論を読む。野間文芸賞を受ける一方、論争にもなったという。
歴史的仮名遣いで、古今東西の書物を自在に引用しており、いかにもペダンティック。ストーリーにはけっこう強引な飛躍も多くて、結論部分で「どうも否定しにくいやうだ」といった曖昧な表現になっちゃうことも。素人目には、この茶目っ気と独特の「話芸」が、まず心地よい。

今も繰り返し上演される大作「3大狂言」には、偉い人の運命に巻き込まれる庶民の悲劇、という共通点がある。ただ、肝心の偉い人の造形において、忠臣蔵は異彩を放つ。
義経は「桜」というだけあって、問答無用の悲劇的なスター性を持っているし、道真は危機に瀕して人形を動かしちゃうほど、神がかっている。2人に比べると、赤穂の殿さまという人は、いろいろ事情はあったにせよ、いかにも短慮だ。なぜこんな浅はかな上司のために、ドラマティックな仇討が成立するのか?
この大きな謎に対し、著者は様々なアイデアを繰り出して答えていく。恨みからの災いを避けるための鎮魂、江戸期にあっては自然災害にも似た、避けがたい悪政への反発、さらには長い冬を越え、生命復活の春を祝う祭…。月並みな忠義の枠組みを、すこんと忘れちゃう姿勢が痛快です。

丸谷節の真骨頂は、リアルな事件としての討ち入りが、そもそも演劇に影響されていた、というあたりだろう。元禄年間の「曽我もの」ブームを丹念に追い、社会と物語の相互作用を語っていく。
ほかにも日本に出現した江戸という大都会を、大坂人はどう見ていたか、とか、いろいろ面白い視点がてんこ盛り。読み進めながら、このパワフルな人気戯曲を現代にどう位置づけるのか、を考えずにはいられない。文楽・歌舞伎好きにはたまらない一冊だ。(2016・9)

« August 2016 | Main | October 2016 »