永い言い訳
幸夫くん。もう私、行かなきゃなんだけど。
「永い言い訳」西川美和著(文藝春秋)
人気作家・幸夫は、すでに心の離れていた妻を、突然の事故で亡くす。テレビカメラの前で悲しみを語りながら、実際には涙も出ず、心中冷え冷えとした日々。そこへ大宮家の面々、同じ事故で亡くなった妻の親友の夫・陽一、幼い子供・真平と灯が現れる。
まず幸夫の造形が絶妙だ。女性にもてて、知的でクイズ番組なんかに出ながら、物書きとしては行き詰まりを感じている。子供の頃から、名前の読みがマッチョな野球選手と同じなことを嫌がってきた、自意識のかたまり。売れないころ生活を支えた妻に、ずっと引け目がぬぐえなかった、いじけ虫。
ネガティブで身勝手で面倒臭くて、つくづくリアルだ。大人はたいてい、リアルを上手に隠して生きていくのだ。突然、配偶者を失ったりしなければ。
トラック運転手の陽一は、対照的に率直だ。子供たちも健気に、突然母に去られたショックと戦う。幸夫はそんな大宮家の面々に、柄にもなく関わって、心惹かれ、苛立ち、傷つける。そしてたどり着く、きっぱりと、さびしい背中。
「人生は、他者だ」。心に染みいる言い訳を綴れるようになるまで、編集者やら、妻の同僚やら、事故遺族のドキュメンタリーを撮るクルーのアシスタントやら、幸夫をとりまく数多くの視点をつないで、心理の揺れを表現していく。それぞれに説得力があって、読みやすい。
著者は言わずと知れた、才色兼備の映画監督にして作家。巧いです。2016年に映画化。(2016・6)
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