若冲
真に自分のためだけであれば、なにもこうまで細やかな絵を描かずともよかろうと思うのは、拙僧の勘ぐりかのう
「若冲」澤田瞳子著(文芸春秋)
奇想の絵師・若冲の生涯を、新田次郎賞作家が大胆な解釈で描く連作集。生誕300年記念で、代表作を一堂に集めた展覧会に出掛ける前に、手に取った。
にわか若冲ファンの私にとって最大の興味はやはり、代表作「動植綵絵」30幅の成り立ちだ。ほぼ独学で絵師となった若冲が、どのようにしてあれほどに細密で、色鮮やかな、そして誰にも媚びない圧倒的な作品群を描きおおせたのか?
著者の工夫は、記録に残っていない妻がいた、という設定だろう。若妻の死に対する贖罪、さらには贋作者となった義弟との確執を創造して、絵師の情熱の源となった深い苦悩を描いてみせる。
若冲は京・錦市場にある青物問屋の大店に生まれながら、40歳で隠居してしまい、画業三昧に暮らした。なんとなく人付き合いの苦手な偏屈者なのかな、と思っていた。
ところが近年の研究で、意外な一面がわかってきた。市場閉鎖の危機にあたって、町年寄を率いて回避に尽力したこともあるというのだ。本作では、そうした研究成果を取り入れ、人間味ある人物像を構築。「動植綵絵」はもちろん、全く趣向の違う「鳥獣花木図屏風」や「石灯籠図屏風」などが生まれた背景に触れていて、イメージが膨らむ。
同時代に生きた池大雅や円山応挙、谷文晁らの豊かな個性や、天明の大火の惨状もリアル。フィクションだけど、エキサイティングな展覧会の予習となった。(2016・4)
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