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February 26, 2016

記者はつらいよ

だんだん分かってきた。楽な仕事などないのだ。

「記者はつらいよ」仙川環著(ハルキ文庫)

著者お得意の医療ミステリーではなく、明るいお仕事小説の中央新聞坂巻班シリーズ3作目。ワークライフ・バランスを求めて、あまりハードでなさそうな企画部署に異動したのに、ニュース取材をするはめになって苦労してきた「平均点記者」の上原千穂が、今度は一面連載班に組みこまれて奮闘する。

部際プロジェクトのはずが、メンバーは所属部の利益にこだわってはじめから非協力的だったり、心の病を家族にも隠していたりと、トラブル含み。乗り込んできた、お馴染み超横暴なキャップの坂巻が引っ掻き回すうえに、上司はどうにも頭が固くて、企画内容に理解を示さない。結局、ものごとは合理的な判断というより、相変わらずの社内の駆け引きで決まってしまう。

働いていれば、思い通りにならないことは多い。引くべき時は引かなければならない。それでも諦めずに粘っていれば、手ごたえを感じることもある。誰もが経験する、普通に働くということを描いて爽やかだ。(2016・2)

February 25, 2016

GDP

国の経済全体の大きさを測る、という試みが初めて本格的におこなわれたのは、17世紀の戦争のときだった。

「DGP <小さくて大きな数字>の歴史」ダイアン・コイル著(みすず書房)

普段最も何気なく、あらゆる場面で使っている国の経済規模と成長率の統計。その成り立ちと限界について、英国財務省のアドバイザーなどを務めた経済学者が、数式を使わず平易にまとめた有難い本。経済書とは思えない洒落た白い装丁、150ページという軽さでさらさら読めて、検索も充実。

国の経済を測る、という試みは、戦費調達力、戦争遂行能力を判断する必要から生まれたというのが、まずびっくり。やがて計測とメカニズムへの理解が正しいのなら、経済、すなわち人々の豊かさというものは人為的にコントロールできるという概念が生まれた。いまや経済政策を考えるときの、基本の基本だろうが、意外に歴史は浅いのだ。
この10年だけでも、リーマンショックありギリシャ危機あり。ノーベル経済学者が束になって論争してさえ、経済というものは全然思い通りにいかない。それはGDPのせいではないだろうけど。なにせ統計を偽装して、国際的な支援を引き出しちゃおうとする政府があるらしいから。

もちろんGDP自体、実際には複雑な手順で組み立てた、いわば「仮想」の数値であり、その仮想が英サッチャー政権の誕生に深くかかわったり、歴史を左右しちゃうという割り切れなさを抱えている。さらに、その限界を感じさせる、より根本的な状況の変化が起きている。キーワードはITとサービスだ。
商品のカスタマイズとか、ネット上に氾濫する無料のサービスはイノベーションによって、かつてに比べて少ない資源で大きな価値を産みだしている。バリューチェーンは国境を越え、複雑に構築されている。20世紀生まれの統計は、こういう21世紀の経済の姿を、うまくとらえきれていない。このままでは各国の経済政策は、健康か病気かを正しく把握しないまま、いろいろ薬を投与しちゃっているようなものだ。

本書でGDPの課題を克服する道筋が、明確に示されるわけではない。とはいえアンケート頼みの幸福度のような、新機軸に組みしない著者の姿勢には個人的に共感を覚える。読みやすい訳は高橋璃子。(2016・2)

February 11, 2016

流(りゅう)

人間ってのはけっきょく、そうやってだれかに守られたり、守ったりして生きていくもんさ

「流」東山彰良著(講談社)

2015年上半期の直木賞受賞作にして、話題の長編を読んだ。北方謙三が「20年に1度の傑作」と評したのもうなずける、スケールの大きい、そして切ない冒険ミステリーだ。傑作。

台北に住む葉秋生(イエ・チョウシェン)が17歳だった1975年、愛すべき祖父・尊麟(ヅゥンリン)が衝撃的に殺害される。成長した秋生はひとり謎を追い、ついには祖父のルーツ中国山東省へ足を踏み入れていく。
「祖父にとって、あの戦争はまだ終わっていなかったのだ。だからこそ後生大事にあのモーゼルを磨きつづけていた。(略)大陸を出たときに止まってしまった祖父の時計は、大陸にガツンと一発お見舞いしてやらないかぎり、ずっと止まったままだったのだ」。賊徒集団と抗日戦争、凄惨な国共内戦、台湾への逃走と本省人との軋轢、言論統制。すぐ近くにあるのに、よくわかっていないアジアの現代史が、骨太に全編を貫く。

そんな歴史を踏まえた謎解きと並行して、台湾版「パッチギ!」と呼びたいような葉秋生のやんちゃな青春が語られ、疾走感いっぱいで、実に魅力的だ。
1960年代から80年代にかけての成長と混沌。悪ガキたちの友情や笑っちゃうほど無鉄砲な喧嘩沙汰、そして幼馴染で気が強い毛毛(マオマオ)との淡い恋がきらきらと眩しい。
まるで少年ジャンプ路線のはちゃめちゃを楽しむうちに、一族を貫く任侠スピリッツが胸に染みてくる。「人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。その混合の比率が人格であり、うちの家族に関して言えば、最後の部分を尊ぶ血が流れているようなのだ」。アイデンティティの不安があるからこそ、圧倒的熱量が説得力を持つ。

印象的なフレーズがたくさんある。若い恋人同士の「わたしと毛毛を包んでいた透明でふわふわの膜がパチンとはじけ、喧騒がどっと流れこんでくる。わたしたちは火傷したみたいに、おたがいの手をふり払った」。危険を冒して中国に渡った際の「わたしは理解しはじめていた。この国は、大きいものはとてつもなく大きく、小さいものはあきれるくらい卑小なのだと」。隣国から観た日本の変遷も興味深い。(2016・2)

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