酔ひもせず
『驚くことはない。俺の画は、動くんだ』
あの人は、そう言った。冗談とも、本気ともとれない物言いで。
「酔ひもせず 其角と一蝶」田牧大和著(光文社)
宝井其角と多賀朝湖(のちの英一蝶)という芸術家同士の友情を軸にした、元禄ミステリー。吉原で屏風に描かれた仔犬が動く、という噂が広がり、動くのを観た遊女たちが次々姿を消す事件が起きて、2人が解決に乗り出す。
遊女の悲恋をめぐる謎解きと並行して、狩野派風町絵師として活躍する朝湖が、何故か幇間としても働いている訳や、のちに一蝶と名乗るようになった背景を解き明かしていく。
著者にはやはり、歴史上の人物が生き生きと活躍する快作がある。遠山景元(金四郎)、水野忠邦、鳥居耀蔵が登場する「三悪人」だ。今回も期待を裏切らず、主人公たちの造形が魅力的。
朝湖がまず、格好いい。飄々とした風流人だけど、胸に反骨精神を秘めていて、相手が武士でも全く物おじしないのだ。其角と朝湖のコンビ談は、講談「浅妻船」で聴いたことがあり、その講談の設定では、朝湖は時の権力者・綱吉を痛烈に風刺したため、流罪の憂き目に遭っちゃう。そんなイメージに、本作の朝湖もしっくりくる。
そして年下の親友、其角。達観した印象の朝湖に比べ、心持ちが不安定で繊細で、いかにも芸術家らしい。蕉門第一の門弟と謳われる才能を持ちながら、周囲に馴染めず、しょっちゅう毒舌を吐いては後悔している。こちらは忠臣蔵ものの講談「大高源吾」にも登場する人気キャラだけど、未熟な感じが、いい。
2人は才能を認めあい、幇間コンビとして吉原に出入りしたり、酒を酌み交わしたりする仲だ。互いが胸に秘めている面倒くさい屈託も、十分に察しているが、親しいからといって土足で踏み込むような真似はせず、微妙な距離を保っている。このわきまえた付き合い方も、時代物の男って感じで心地いいんだなあ。(2015・4)
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