« 本と暮らせば | Main | 甘いもんでもおひとつ »

April 05, 2015

肥満 梟雄 安禄山の生涯

「この面ではたとえ軍人になろうと、ある地位から上に昇ることは出来ません。失礼ながらこの悲しみ、漢族であるあなた様にはおわかりにならぬ事と思われます」
「禄山、世の中は動いている」

「肥満 梟雄 安禄山の生涯」東郷隆著(HI

8世紀半ば、大帝国・唐衰退の引き金を引いた逆臣の生涯。博識で知られるという作家による、豊富な史料を駆使した400ページの歴史巨編だ。

時代を全速力で駆け抜けるような、安禄山の強烈な人物像がなんとも魅力的。ウズベキスタンの古都サマルカンド出身で、父はイラン系のソグド人、母はトルコ語族・突厥(チュルク、モンゴルの一部)の巫女だった。高い鼻と青い目をもち、6カ国語を操って、若いころはしたたかな商人としてシルクロードで活躍し、富を築く。
軍人に転じてからは、古代ペルシャを起源とするゾロアスター教徒の諜報網と財力を駆使して、節度使(辺境駐在の将軍)を
3カ所兼任するまでにのし上がっていく。
戦闘では何度も、手ひどく敗退する。しかし持ち前の愛嬌、200キロの巨漢という突飛な外見で巧みに権力者の心をとらえ、けた外れの巨額賄賂も駆使して、皇帝・玄宗とその寵妃・楊貴妃に取り入ったのだ。都を支配する漢族のエリート官僚たちからは蛮族とみくだされ、ライバルを蹴落とすべく次々に罠を仕掛けられる。安禄山が彼らに張り合っていくプロセスがまた痛快だ。

そして物語の背景である、大国の歴史のスケールが実感できて強い印象を残す。日本でいえば奈良時代あたりの話だが、 旧満州からチベット、中央アジアにわたる広大なユーラシア大陸の民族、宗教の多様性と、苛烈な軋轢の連鎖がなんとも重い。
同時に宮廷の権力闘争も含めて、人の本性はいつの時代もどんな土地でも、変わらず愚かだなあ、とも思わせる。そんな蓄積こそが、のちのち国際政治でのしたたかさを磨くのかもしれない、とも。

安禄山は晩年、糖尿病がたたって失明し、猜疑心と残虐性にとらわれて蜂起。
恩人である玄宗と楊貴妃を死に追いやってしまうが、自身もあっけない最期を迎える。死後、あまりに巨体で部屋から運び出せず、そのまま宮廷の床下に埋めたというから、とことん凄まじい。
叛徒とあって正規の史書では長く、悪人と決めつけられていたけれど、地元の范陽では愛され続けたのだとか。何かにつけ過剰、極端なファクトがぎっしり詰め込まれている一方で、筆致は意外に淡々としていて、テンポよく読める。(2015・4)


« 本と暮らせば | Main | 甘いもんでもおひとつ »

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 肥満 梟雄 安禄山の生涯:

« 本と暮らせば | Main | 甘いもんでもおひとつ »