肥満 梟雄 安禄山の生涯
「この面ではたとえ軍人になろうと、ある地位から上に昇ることは出来ません。失礼ながらこの悲しみ、漢族であるあなた様にはおわかりにならぬ事と思われます」
「禄山、世の中は動いている」
「肥満 梟雄 安禄山の生涯」東郷隆著(H&I)
8世紀半ば、大帝国・唐衰退の引き金を引いた逆臣の生涯。博識で知られるという作家による、豊富な史料を駆使した400ページの歴史巨編だ。
時代を全速力で駆け抜けるような、安禄山の強烈な人物像がなんとも魅力的。ウズベキスタンの古都サマルカンド出身で、父はイラン系のソグド人、母はトルコ語族・突厥(チュルク、モンゴルの一部)の巫女だった。高い鼻と青い目をもち、6カ国語を操って、若いころはしたたかな商人としてシルクロードで活躍し、富を築く。
軍人に転じてからは、古代ペルシャを起源とするゾロアスター教徒の諜報網と財力を駆使して、節度使(辺境駐在の将軍)を3カ所兼任するまでにのし上がっていく。
戦闘では何度も、手ひどく敗退する。しかし持ち前の愛嬌、200キロの巨漢という突飛な外見で巧みに権力者の心をとらえ、けた外れの巨額賄賂も駆使して、皇帝・玄宗とその寵妃・楊貴妃に取り入ったのだ。都を支配する漢族のエリート官僚たちからは蛮族とみくだされ、ライバルを蹴落とすべく次々に罠を仕掛けられる。安禄山が彼らに張り合っていくプロセスがまた痛快だ。
そして物語の背景である、大国の歴史のスケールが実感できて強い印象を残す。日本でいえば奈良時代あたりの話だが、 旧満州からチベット、中央アジアにわたる広大なユーラシア大陸の民族、宗教の多様性と、苛烈な軋轢の連鎖がなんとも重い。
同時に宮廷の権力闘争も含めて、人の本性はいつの時代もどんな土地でも、変わらず愚かだなあ、とも思わせる。そんな蓄積こそが、のちのち国際政治でのしたたかさを磨くのかもしれない、とも。
安禄山は晩年、糖尿病がたたって失明し、猜疑心と残虐性にとらわれて蜂起。恩人である玄宗と楊貴妃を死に追いやってしまうが、自身もあっけない最期を迎える。死後、あまりに巨体で部屋から運び出せず、そのまま宮廷の床下に埋めたというから、とことん凄まじい。
叛徒とあって正規の史書では長く、悪人と決めつけられていたけれど、地元の范陽では愛され続けたのだとか。何かにつけ過剰、極端なファクトがぎっしり詰め込まれている一方で、筆致は意外に淡々としていて、テンポよく読める。(2015・4)
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