甘いもんでもおひとつ
「子供の頃隠れて食べたおとっつあんの柏餅の懐かしい味がしました」
「甘いもんでもおひとつ 藍千堂菓子噺」田牧大和著(文藝春秋)
売れっ子時代小説家による上菓子屋を舞台にした連作。主人公の兄弟、菓子作りに情熱と独特の閃きを持つ職人の晴太郎と、ビジネスセンスに優れるしっかり者の幸次郎の造形が爽やかだ。
親を亡くし、何故か叔父に実家の菓子司を追われてしまったものの、神田相生町の小さな店で再起。工夫と努力を重ねて、徐々に評判を獲得していく。健気な2人を、実直な職人や可愛い従妹のお糸、砂糖などを卸してくれる薬種問屋の顔役、同心らが、陰に日向に応援する。
叔父との因縁の謎解きや、幸次郎の恋のもつれをベースにしつつ、1話ごとに登場する和菓子の薀蓄が楽しい。例えば柏餅に使う葉は当時、貴重品で、シーズンになると八王子に専門の市がたっていたという。買い付けのため晴太郎は、まる1日かけて神田から八王子まで旅をする。そうしてたどり着いた市の、なんと賑やかなこと。
江戸の豊かな食文化、菓子を楽しむ精神性の一端を知ると共に、桜とか柿といった和菓子のテーマから伝わってくる季節感や美しさが、読む者の心を浮き立たせる。
1話ごとに差し挟んだ扉絵も綺麗だが、それもそのはず、谷中の老舗、菊寿堂いせ辰の千代紙を使うという懲りようだ。カバーには金鍔などの写真をあしらっており、日本橋は榮太樓総本舗の協力によるものだそうです。(2015・4)
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