その女アレックス
人は本当の意味で自分自身に向き合うとき、涙を流さずにはいられない。
「その女アレックス」ピエール・ルメートル著(文春文庫)
2011年にフランスで刊行し、イギリス推理作家協会賞を受賞。さらに翻訳が2014年のミステリーランキング海外部門を総なめにした話題の犯罪小説を、電子書籍で。
とにかくテンポが速い。思わず振り返るような30歳の美女、アレックスがパリの路上でいきなり拉致されるところから始まって、壮絶な暴力描写が畳みかけられる。目を覆うばかりのシーンが続くのだけれど、同時に謎の女の正体、事件の様相そのものが二転三転していくので、感情をぶんぶん振り回されて読むのを止められない。何はともあれ、サスペンスや警察ものなど異質なミステリー要素を1作に盛り込み、ぐいぐい引っ張る筆力は並大抵でない。
人物の造形も強烈。なんといっても幼く、几帳面で、悲壮なタイトロールの存在が異彩を放つ。ずっと持ち歩いている思い出のガラクタとか、細部が鮮やかだ。
一方、アレックスを追うカミーユ警部のキャラも独創的で、身長145センチの小柄な体に刑事魂と反骨がみなぎる一方、過去経験した悲劇によって心に傷を抱えている。そんなカミーユの深い孤独が、姿なきアレックスと共鳴していく展開がなんとも切ない。
けれどもカミーユはアレックスとは違う。皮肉で気難しいたちなのに、彼に負けず劣らず個性的な仲間たちが理解し、見守っていて、それは殺伐とした小説の中で一筋の救いになっている。
ショッキングな描写のあざとさや、一人称語りによる矛盾、破綻など、難点を指摘する声もあるらしい。確かにお世辞にも爽快とは言えないし、肝心なところが理屈に合わない気もするけれど、強引なまでに読者を引っ張るパワーを持つことは間違いない。橘明美訳。(2015・1)
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