« November 2014 | Main | January 2015 »

December 30, 2014

2014年まとめ

月に1、2冊のスローペースだったけど、強烈ノンフィクションから定番のユーモア小説、歌舞伎の薀蓄ものまで、印象的だった本をメモしておきます。夏に念願のドイツ旅行に出かけることができたので、ドレスデン、プラハ関連も。

1、「謎の独立国家ソマリランド」
2、「本にだって雄と雌があります」
3、「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」
4、「比類なきジーヴス」
5、「HHhH プラハ、1942年」
6、「歌舞伎 家と血と藝」
7、「ドレスデン逍遥」
8、「風の影」
9、「文芸編集実記」
10、「吠えろ!坂巻記者」

December 25, 2014

歌舞伎 家と血と藝

本書は、戦国武将列伝の歌舞伎役者版を描くつもりで書かれる。歌舞伎をあまり観たことのない人にも、あたかも戦国時代の武将たちの興亡のドラマを読むような感覚で読んでいただければ、ありがたい。

「歌舞伎 家と血と藝」中川右介著(講談社現代新書)

クラシック音楽などもカバーする1960年生まれの評論家が、明治からの歌舞伎の「家」の勢力図を解説する。選んだのは、2013年の歌舞伎座新開場こけら落とし公演で主役を務めた役者のいる家7つ。

ここ数年、劇場に足を運ぶようになった素人歌舞伎ファンにとっては、なかなか勉強になる1冊だ。現代では貴族階級はいなくなったけど、歌舞伎役者は擬似的貴族だと著者は指摘する。歌舞伎座の主役の座という「権力」を握るためには、芸の実力、人気はもちろん、政治力が必要であり、その裏付けになるのが門閥という格式なのだそうだ。
まさに戦国武将の世界だ。役者は今やテレビのバラエティーやCMに出演したり、家族まで公開したブログが話題になったり、とても身近な存在だ。むしろそのタレント性を売り物にしている感もある。それなのにいまだに昔ながらの価値観が脈々と生きて、それが国民的合意になっているってことが、とっても不思議。

門閥の歴史をたどるうえでは、個々の芸談よりも「権力」をめぐる栄枯盛衰に重点を置いている。確執やらスキャンダルやら、バックステージに表舞台さながらのドラマが満載なのは期待通り。
もっとも肝心の人間関係があまりに複雑なので、正直、読んでいてかなりこんがらがる。襲名を繰り返して同じ人物の名前がどんどん変わっちゃうし、養子とか部屋子とか、でも実子かもしれないとか、さらに門閥を超えて結婚したり、養子縁組したりが多くて、誰と誰が甥だか孫だか。だからこそ、少しでも歴史を頭に入れて、それぞれの役者が受け継ごうとしている「型」へのこだわりや背負っているものに感情移入できれば、観劇の味わいが増すということなんだろう。そのレベルに到達すると、観る側も深みにはまりそうだな。

というわけで「リアル戦国」は非常に特殊な、閉じた世界のストーリーなのだが、読み進むうちに普遍的な人間社会の要素も浮かんでくる。
家柄が立派な役者で、芸や人気が十分であっても、本人が権力に強く拘泥しなければ、決して長く主役というポストに君臨できない。また本人の力と意欲が十分でも、上の世代がスター揃いだとなかなか主役が回ってこなくて、結局トップに上り詰められない。
だから最近の出来事でいえば、12代目市川団十郎、18代目中村勘三郎という巨星を早く失ったことは、ファンとしてとても残念だけれど、その分、市川海老蔵、尾上菊之助、市川染五郎、中村勘九郎・七之助ら息子の世代にスポットがあたり、彼らの成長がぐんと楽しみになる。宝塚やジャニーズにも一脈通じる完成した興行モデルであり、伝統芸能継承の仕掛けといえるかもしれない。(2014・12)

December 24, 2014

談春 古往今来

俺はほんとに偶然と奇跡の産物なんで。

「談春 古往今来」立川談春著(新潮社)

入門30周年、古典を語らせたら当代きっての実力派、チケットがとれない人気噺家が、2003年から10年の間に複数のメディアに掲載されたインタビュー、対談、エッセイ25編をまとめた。書き手泣かせの、屈折していて、なかなかに面倒なキャラが魅力的だ。

平成落語ブームに対する反発、2006年の7夜連続独演会への意気込みを語る導入部分は、気負い満々。2008年に著書がヒットした後あたりから、読む側の期待を時にはぐらかすような口調が多くなる。
落語に関する深い思索、強烈な自負と、それとは裏腹なネガティブ思考や不安。それは人気芸人ならではの、移り気な世間との距離のとり方なのか。

やがて2012年、偉大な師匠立川談志と、敬愛する18代目中村勘三郎を相次いで失って、相変わらず屈折しながらも、前に進んでいくしかない、という覚悟がのぞきはじめる。嘘をつく商売だから、発言はいつも虚実ないまぜ。でも実は、すべてが本音なのかも、と思わせる。これからも茶目っ気と凄みで、たっぷり楽しませてほしいものです!
鈴木心のモノクロ写真が端正だ。単独公演演目リスト付き。(2014・12)

December 10, 2014

本にだって雄と雌があります

文集に将来の夢のベスト・スリーをそれぞれ発表するコーナーがあったのだが、何を隠そう私は第三位のところに「小説家」と書いていた。これだけでもう執行猶予のつかない懲役四年ぐらいだ。しかしこれは奈落へと至る三段跳びのホップに過ぎなかった。というのも、私はさらに第二位の欄には「中説家」、そして第一の欄には狙い過たず「大説家」と書いてしまったのだ。死刑確定で再審請求も却下だ。大、中、小、この三段構えの冗談を思いついた小学校六年生の私の心は亢竜のごとく舞いあがり、これで一生喰いっぱぐれない、このギャグ一つで世界を回れる、と思った。日本語なのに。

「本にだって雄と雌があります」小田雅久仁著(新潮社)

2012年Twitter文学賞国内編第1位に輝く、奇想天外な圧巻ファンタジーを電子書籍で。全編がごく平凡そうな男・博が息子の恵次郎に、深井家の歴史を伝える長大な手記の形をとっている。その物語には、本と本から本が生まれ、まるで鳥のように飛び回っちゃう「幻書」の奇跡がまつわっていた。

大変な力技だ。とにかく全編を彩る無駄な笑いがリズミカルかつ強引で、ぐいぐい持っていかれる。そうして何が本筋なのが判然としないまま、ニタニタしているうちに、読む者は壮大な夢に巻き込まれちゃう。
それは本好きなら、誰もが一度は想像するであろう2つの夢だ。1つは、家にある本がどんどん増殖しちゃう謎の正体。自分で手に入れているくせに、不思議としか思えない。そしてもう1つは、世界のどこかに古今東西の書物が集まった理想郷があるというイメージだ。好きな本、無尽蔵な人類の智恵を、時間無制限に読みまくれる図書館。

饒舌なギャグと幻想とのミックスを、見事なディテール、膨大な情報が支える。帝大生で後に学者・文筆家になり、生涯脱力するようなジョークばかり言っていた祖父與次郎と、後年は画家になるおきゃんな祖母ミキ。この個性的なおしどり夫婦の若き日の馴れ染めが、なんともチャーミングだ。古風な青春の眩しいこと。

対照的に、與次郎が青年期に経験した壮絶なボルネオの戦闘、そして昭和61年に彼を襲った飛行機事故の恐怖は壮絶。昭和史の明暗が、リアルに描かれていて引き込まれる。

長大な物語の終盤、目いっぱい広がった大風呂敷が畳まれてみれば、これは「人から人へ伝わっていくこと」の愛おしさにまつわる物語だとわかってくる。あらゆる書物、そして誰かの想い。「與次郎の人生が誰かの続きであったように、私の人生が誰かの続きであるように、君の人生もまた誰かの続きであるはずだから。」というくだりが、妙に胸にしみる。快作。(2014・12)

« November 2014 | Main | January 2015 »