「HHhH プラハ、1942年」
この場面も、その前の場面も、いかにもそれらしいが、まったくのフィクションだ。ずっと前に死んでしまって、もう自己弁護もできない人を操り人形のように動かすことほど破廉恥なことがあるだろうか!
「HHhH プラハ、1942年」ローラン・ビネ著(東京創元社)
個人的にチェコ、ドイツを旅した2014年の締めくくりに、本屋大賞翻訳部門の1位を周回遅れで読んだ。歴史小説を書くということ、それ自体を小説にした異色作だ。
描くのは、ナチ高官でチェコ総督代理だったハイドリヒの暗殺事件。暗号のようなHが並ぶタイトルは、「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」の略だ。
「第三帝国で最も危険な男」「金髪の野獣」と呼ばれた人物が、いかにしてできあがったか、チェコ亡命政府のパラシュート部隊員たちは、どのようにこの男の暗殺計画を実行したか。そして市井の支援者たちが、どれほど悲惨な目にあったか。
1972年パリ生まれの著者は、兵役でスロヴァキアに赴任した経験を持つ。チェコの人々や文化へのシンパシーを胸に、現場に足を運んだり史料をコピーしたりして、丹念に史実を掘り起こしていく。
面白いのは歴史の再構成のあいま、ところどころ著者本人が登場して、饒舌に語り出しちゃうこと。恋人に原稿を読ませて欠点を指摘され、大反省したり、登場する車の色といったディテールの真偽にこだわって、イライラしたり。
読者は一緒に事件をたどっていくうちに、著者と一体化する。やがて襲撃が決行されたプラハの曲がり角に連れていかれて、誰もが歴史の「目撃者」となるのだ。終盤、決行シーンの緊迫感が、なんと圧倒的なことか。
380ページの大部が全く苦にならず、力技と評されるのがよくわかる。ゴンクール賞最優秀新人賞受賞作。高橋啓訳。(2014・11)
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