文芸誌編集実記
文芸誌を編集するという仕事は概してつまらないものだ。そのことにまつわる雑用や気の使い方があまりにも多いからである。
「文芸編集実記」寺田博著(河出書房新社)
吉本ばななや小川洋子ら人気作家を世に出した文芸の名伯楽が、1960年代の文芸誌編集の現場を振り返る。
著者は中途入社した河出書房新社で1962年、「文藝」の復刊に参加。のち編集長を務めた。回顧録の滑り出しでは、30そこそこの気鋭のエディターとして接した松本清張とか小林秀雄とか、大物たちの素顔を描いている。体験的文学史とでもいえそうな、行間にあふれるドキドキ感が、まず楽しい。
加えてリアルタイムで世に出る雑誌というスタイルは、どうしたって時代と切り結んでいくことになる。ヴェトナム戦争特集、江藤淳・吉本隆明対談、三島由紀夫「英霊の聲」など、いわば社会的事件との関わりを描いたくだりには、リアルな熱気がある。
もちろん編集者はプロデューサーとしての役割も担っているから、活字の大きさ、判型の選択から、1967年の会社更生法申請前後の苦難に至るまで、経営的な決断のエピソードも数多い。出版ビジネスの記録としても貴重だ。
のちに時代小説評論で知られるだけあって、著者の簡潔な筆致は、実に心地よい。淡々とした雰囲気にひたりながら読んでいて、「書き手自身の言葉や資質にそむくような借りものの文章は、結局嘘をつくことになる」といった、さらっとした一文に、はっとさせられる。
個人的に勉強不足のせいで意外だったのは、作家としての若き日の石原慎太郎、それから新聞の文芸評論の存在感が、実に大きかったのだということ。これが文壇というものだったのかなあ。著者と吉本パパとの並々ならぬ付き合いも発見だった。
巻末に87年「文藝」復刊二十五周年記念号での坂本一亀氏との対談を収録。(2014・8)
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