比類なきジーヴス
ジーヴスは何でもわかっている。どういうわけかは知らないが、彼は何でも知っている。彼の助言を笑い飛ばして前進し、すべてを失った頃もあった。しかし今の僕は違う。
「シャツのことだが、僕の注文した藤紫色のはもう届いたかな」
「はい。ご主人様。わたくしが送り返しましてございます」
「送り返した?」
「はい。ご主人様にはお似合いでございません」
「比類なきジーヴス」P.G.ウッドハウス著(図書刊行会)
人気のユーモア小説シリーズを読んでみた。1919年出版の連作短編集。ロンドンに住む伯爵家のお坊ちゃまバーティーが、他愛ないトラブルに巻き込まれるが、知恵者の執事ジーヴスが見事に解決する。評判通り、愉快愉快。
訳者の森村たまきさんが解説しているように、ダメ男バーティーのキャラクターが魅力的だ。お気楽で、若いくせにぶらぶらしていて、用事といえば散歩とクラブでのランチくらい。競馬に目がなく、服装の趣味はいまいち。何かというとジーヴスを頼っているけど、なかなかどうして決しておバカではないんだなあ。名門校出身で、会話では何気なく詩なんかを引用するし、妙な頼みごとをしてくる幼馴染じみビンゴ・リトルや従兄たちを、迷惑がりつつもちゃんと助けてあげる。古き良き貴族って感じ。
そんなご主人様の苦境を救う、ジーヴスの策略が痛快なのだが、そのプロセスで彼も恋人をゲットしていたり、したたかな面があって、いい味だ。バーティーが派手な服を買ってくると、決まってへそを曲げちゃうあたりがチャーミング。バーティーを陰ながら助けるというより、遠慮のない大人の友情が感じられる。
バーティーは全く頭が上がらない強圧的なアガサ叔母さん、惚れっぽ過ぎる懲りない男ビンゴと、その生活費を握っている叔父ら、脇役が個性的。しかもぎりぎりお下劣にならない、品の良さがある。愚かなドタバタと、にじみ出る教養。階級社会だからこそ成立するのかもしれないけど、イギリスでとってもポピュラーで、後続の作家に影響を与えたというのも納得できる。ユーモアのお手本のような小説です。(2014・4)
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