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April 19, 2014

「ブラックアウト」「オール・クリア1」「オール・クリア2」

英雄を観察したいのなら、マイクル・デイヴィーズは、ダンケルクなんかじゃなくてここに来るべきだ。

「ブラックアウト」「オール・クリア1」「オール・クリア2」コニー・ウィリス著(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

過去へのタイムトラベルが実現した2060年。オックスフォード大の史学生3人が第二次大戦の現地調査に赴く。メロピーはメイドになって疎開児童を世話する領主館へ、ポリーは売り子として百貨店へ、マイクルは米国人記者に扮して史上名高い「ダンケルク撤退」の現場へ。ところがどういうことか、未来に帰還するための「降下点」が作動しなくなり、3人は空襲下のロンドンに足止めされてしまう。果たして「デッドライン」を回避できるのか、未来から助けは来るのか? 3冊合計で400字換算3500枚という、宮部みゆきもびっくりの大長編を電子書籍で。

多くの読書ブロガーが語ってるけど、とにかく長い。シリーズの前作を読まずに、うっかり手を出したので、滑り出しのうちはタイムトラベルのお約束がわからずにきょとん。しかも物語は2060年と1941、1944、1945年、さらに1995年を頻繁に行ったり来たりする。それぞれの時代で登場人物が偽名を使っているので、誰が誰やら。そんなわけでずいぶん混乱しちゃったのに、なぜか読むのをやめられない。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞受賞も納得の力技だ。

ポイントはタイムトラベルで、同じ人物が同一時点には存在できないため、ぐずぐずしてるとデッドラインを迎えて抹殺されちゃうということ。だから3人は必死で未来への帰還を試みるんだけど、いつもあと一歩のところで邪魔が入ったり、すれ違ったりして、イライラはらはらさせられる。激しい空襲の後で見上げるセント・ポール大聖堂の雄姿など、映像的なシーンの鮮やかさ、そして「時間」の非情さ。章ごとのラスト1行で、いちいち気をもたせるのも憎い。

もちろん人物描写も確かです。戦時下の苦境にあって、決してくじけず、ユーモアを忘れない市井の人々が、なんとも魅力的。読者は長い長いディテールをたどって、ともに過酷な日常を過ごすうちに、登場人物が生き生きとして、隣に住む知人のように思えてくる。ジャック・フィニイの「ふりだしに戻る」みたい。そうなるともう、著者の掌の上だ。
特にポリーが防空壕で出会うシェイクスピア俳優、サー・ゴドフリー・キングズマンが格好いい。教養ある名優で、お茶目で、色気があって。頻繁に戯曲のセリフを引用する会話が、いかにもイギリスっぽいし。そして何といっても、手癖も口も悪い疎開児童、ビニーとアルフのきょうだいが、抜群の存在感を発揮。数々の悪さで散々メロピーたちを悩ませ、そして最後には泣かせます。

デッドライン問題のほかにもう一つ、タイムトラベラーの言動が過去を改変してしまうのでは、という危機感が、重要なサスペンスになっている。私たちが知る史実の通り、英米の戦勝が絶対的な善だ、という前提なので、ちょっと複雑な気がする。とはいえ、広げまくった風呂敷が見事に回収された後、長大な時間のうねりの中でも、無名の市民の思い一つひとつが決して無駄ではない、というメッセージは、爽やかな余韻を残す。角度は違うけれど、タイムトラベルものの傑作「蒲生邸事件」を思い出しちゃった。
感動して、ついでに驚愕の偽装工作など、現代史のミニ知識も身に付く。頑張って読み通して良かった… 大労作の訳は大森望。(2014・4)

比類なきジーヴス

ジーヴスは何でもわかっている。どういうわけかは知らないが、彼は何でも知っている。彼の助言を笑い飛ばして前進し、すべてを失った頃もあった。しかし今の僕は違う。
「シャツのことだが、僕の注文した藤紫色のはもう届いたかな」
「はい。ご主人様。わたくしが送り返しましてございます」
「送り返した?」
「はい。ご主人様にはお似合いでございません」

「比類なきジーヴス」P.G.ウッドハウス著(図書刊行会)

人気のユーモア小説シリーズを読んでみた。1919年出版の連作短編集。ロンドンに住む伯爵家のお坊ちゃまバーティーが、他愛ないトラブルに巻き込まれるが、知恵者の執事ジーヴスが見事に解決する。評判通り、愉快愉快。

訳者の森村たまきさんが解説しているように、ダメ男バーティーのキャラクターが魅力的だ。お気楽で、若いくせにぶらぶらしていて、用事といえば散歩とクラブでのランチくらい。競馬に目がなく、服装の趣味はいまいち。何かというとジーヴスを頼っているけど、なかなかどうして決しておバカではないんだなあ。名門校出身で、会話では何気なく詩なんかを引用するし、妙な頼みごとをしてくる幼馴染じみビンゴ・リトルや従兄たちを、迷惑がりつつもちゃんと助けてあげる。古き良き貴族って感じ。
そんなご主人様の苦境を救う、ジーヴスの策略が痛快なのだが、そのプロセスで彼も恋人をゲットしていたり、したたかな面があって、いい味だ。バーティーが派手な服を買ってくると、決まってへそを曲げちゃうあたりがチャーミング。バーティーを陰ながら助けるというより、遠慮のない大人の友情が感じられる。
バーティーは全く頭が上がらない強圧的なアガサ叔母さん、惚れっぽ過ぎる懲りない男ビンゴと、その生活費を握っている叔父ら、脇役が個性的。しかもぎりぎりお下劣にならない、品の良さがある。愚かなドタバタと、にじみ出る教養。階級社会だからこそ成立するのかもしれないけど、イギリスでとってもポピュラーで、後続の作家に影響を与えたというのも納得できる。ユーモアのお手本のような小説です。(2014・4)

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